第44話 パンドラ

 

 王都の街が騒めいている。

 通行人たちが驚き、羨望と憧れと好意の視線を向け、次々に道を譲る。

 人垣がわかれた道を悠然と歩く一団がいる。

 白装束で覆われた七人の人物だ。

 身につけるものは全て純白で統一されており、全員口元だけ見える仮面をつけている。鼻も目も穴が開いていない。

 顔はほとんど見えない不気味な一団だが、周囲の視線はほとんどが好意を含んでいる。


「見ろっ! 《パンドラ》だ!」

「嘘っ!? あの《パンドラ》!?」

「道を開けろ! 《パンドラ》がお通りだ! Sランクパーティのお通りだ!」


 冒険者のSランクパーティ《パンドラ》。

 ドラゴニア王国の王都を中心に活動する謎多きパーティだ。

 パーティメンバーの名前も不明。拠点も不明。顔も不明。

 わかっているのは男一人、女性六人で構成されていることと、狼系の女性の獣人二人と狐系の女性の獣人一人が所属していることだけだ。

 冒険者の中で最強と言われ、ドラゴニア王国の、それも王都の中では絶大な人気を誇る冒険者パーティである。


 はい。ぶっちゃけ、《パンドラ》は俺、シラン・ドラゴニアと可愛い使い魔たちです!


 いやー、身分隠して冒険者になったのは良かったものの、Sランク冒険者になって、こんなに有名になるとは思いませんでした!

 これはこれで情報を集めやすいから、この身分も重宝しています。

 俺は今、顔を隠したソラ、ピュア、インピュア、スコル、ハティ、神楽カグラの六人と冒険者ギルドへと向かっている途中だ。

 行儀の悪い冒険者がいるというタレコミと、ローザ地方の魔物のちょっとした異常を耳に挟んだので、詳しい内容を聞きに行くのだ。

 なお、ジャスミンとリリアーネ嬢は昨夜からネアに拘束されているので、俺は今自由に行動ができる。自由万歳!

 おっ? 何やら前方が騒がしい。


「あ゛? ふざけんなよガキ!」

「あぅっ……」

「レナ! 大丈夫かっ!? レナを離せー!」


 男の怒鳴り声と何かを殴ったか蹴ったかのような鈍い音が聞こえ、すぐに少年少女たちの騒ぎ声が聞こえてきた。

 レナ? 今レナって言ったか? あれは……孤児院の子供たちか!?

 獅子の獣人、熊の獣人、ドワーフなど四人の大柄な男たちと孤児院の小さな少年少女たち。

 一人の大柄な熊の獣人が片手で小さな女の子を握りつぶそうとしている。

 掴んでいるのはレナちゃんだった。

 レナちゃんは僅かに意識はあるようだが、ぐったりとしている。

 少年少女たちが男たちに飛び掛かるが、全く効いていない。

 一人の少年がレナちゃんを掴んでいる男の股間に蹴りを放った。

 流石の熊の獣人でも効いたらしい。憤怒の表情で蹴った少年を見下す。


「このガキ! 良い度胸してんじゃねェか! このAランク冒険者に歯向かうとはな!」

「Aランク冒険者がなんだ!? レナを離せ! あんたが勝手にぶつかってきたんじゃないか! そのまま蹴りつけるなんて!」

「あぁん? 舐めてんのかクソガキ!? 死ね!」


 男が全力で蹴りを放つ。死を覚悟しながらも、少年は最後まで男を睨みつけていた。

 このままだと少年が死んでしまう!

 俺たちは同時に動き出した。

 神楽が周囲に結界を張り、俺たち以外の時間の流れを遅くする。

 ソラが男たちを空間に縫い留める。

 ハティとスコルとピュアは他の三人の男に拳や掌底を叩きこむ。

 男たちは彼女たちの攻撃を認識することすらなく、ソラに空間を固定されているから、吹き飛んで衝撃を逸らすことができない。

 俺はレナちゃんを解放し、少年と熊の獣人の脚の間に滑り込む。

 インピュアは今のうちにレナちゃんの怪我を回復させた。

 神楽が時間の操作を止める。


 時が元に戻った。


 迫りくる男の脚。ちょっと時間を弄らせてもらって、蹴りを放つスピードを速めた。

 じゃないとこれが十分に効かないから。


「《ベクトル反射》」


 俺は手のひらに力のベクトルを反射させる結界を張って、男の脚を受け止める。

 スピードにのった蹴りの力や、作用反作用が発生する力諸共、全ての力を男の脚に反射させる。

 スピードが早ければ早いほど力は大きくなる。だから蹴るスピードを速くさせた。

 全ての力が反射された男の脚は当然吹き飛ばされる。

 あり得ない方向に曲がり、骨は粉々に砕け散っているだろう。


「アガァァアアアアアアアア!?」


 男の悲鳴が響き渡る。

 蹴られそうになっていた少年は、何が起こったのかわからずキョトンとしている。

 俺の腕の中のレナちゃんも可愛い目をパチクリ。


「あっ! おにいたん!」


 むぎゅー!っと抱きついてくるレナちゃん。

 インピュアが治癒させたから痛みは全くないらしい。

 念のため確認しておこう。


「レナちゃん、痛いの痛いの飛んで行きましたか?」


 《パンドラ》の時の俺の口調は常に敬語だ。

 バレないように演技をしている。


「………おぉー! 痛いの痛いの飛んでったー! レナの痛いのあのクマのおじさんに飛んでった?」


 すごーい、と瞳をキラキラさせながらはしゃぐレナちゃんは大物だ。

 さっきまで危ない様子だったのに。

 俺はびっくりしている少年に声をかける。


「少年、無事ですか?」

「あ、あぁ。レナは無事か?」

「無事ですよ。ほらこの通り」

「あのねあのね! レナのね、痛いのがクマのおじさんにピュ~ンって飛んでいってね、おにいたんに助けてもらったの!」


 レナちゃん。俺の腕の中でテンション上がって暴れないで!


「ウガァァアアアアア! 俺様を舐めるなぁああああああ!」


 おっと。持っていたポーションで回復したらしい。

 結構質が良くないと回復しない怪我だったんだけどなぁ。

 Aランク冒険者みたいだし、一つや二つ持っているか。

 もう面倒くさいので、魔力やら怒気やら殺気やら、本気でぶつける。

 あらあら。ソラたちも全力で睨みつけたらしい。

 地面まで罅が入るほど壮絶な圧力が熊の獣人の男に降りかかり、白目をむいて地面でペチャンコになっている。

 死ななくてよかったな。普通の人なら死んでたぞ。Aランク冒険者だったことに感謝しろよ!


「ふぉぉぉおおおおお! しゅごーい!」


 何故かレナちゃんが瞳をキラキラさせて興奮している。

 どうした? びっくりしたか?

 驚くレナちゃんが可愛い。見ていてほっこりする。俺の癒しだ。

 俺は異空間からクッキーを取り出す。


「レナちゃん、ご褒美です」

「わーい! おにいたんありがとー! お礼にチューしてあげるね! チュー♡」


 俺がつけている仮面は口元だけ出ている。

 突然頬小さな手で顔を挟まれ、固まってしまった俺の唇にレナちゃんがムチュッとキスをしてきた。




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タイトル『娼館通いの夜遊び王子 ~嫌われ者は闇夜で暗躍する~』を若干変更しました。


変更後『娼館通いの夜遊び王子 ~無能の王子は闇夜で暗躍する~』


最近書いていて、シランは全然嫌われていないなぁと思ったので変えました。

本当は嫌われているはずだったんですけどね。

作者は嫌われ者の話を書けないことに最近気づきました(笑)


これからもよろしくお願いします! (2020.1.5)




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