第43話 有耶無耶


「リリアーネは初めてだし、何気にジャスミンとも初めてか。では、改めて自己紹介を。ボクはネア。シラン君の女で使い魔さ。趣味で服をデザインして作っているよ。よろしく!」


 そう言うと、ネアはニコッと微笑んだ。

 彼女はネア。昼に行った服屋『夕雲の恋糸こいと』のデザイナー兼オーナーだ。

 俺の使い魔でもある。

 名前を聞いたジャスミンとリリアーネ嬢の顔が凍り付いた。

 ネアが二人の顔の前で手を振るが、何も反応はない。


「二人ともどうしたの?」

「あぁー。世界的デザイナーのネアにびっくりしたんだろ。昼に『夕雲の恋糸こいと』に行ってきたし」

「なるほどね。ボクとしてはシラン君の女って言われたほうが嬉しいんだけど。服は全部趣味だから」


 おっ? ジャスミンとリリアーネ嬢が復活したか?

 カチコチと錆びついた機械人形のように動き、俺に詰め寄る。

 そして、ジャスミンが代表して俺の胸ぐらを掴み上げた。


「これは一体どういうことなの!? 私、聞いていないんだけど!?」

「そりゃ言っていないからな」

「シラン様は紹介してくださるとおっしゃいましたが、いくら何でも突然すぎます! 心の準備をさせてください!」

「そう言われても、ネアが勝手に突撃してきただろ!」

「なんかボクがごめん!」

「いえいえ! ネア様が悪いわけでは……」


 徐々に二人は落ち着いてきたようだ。

 だから、俺の胸ぐらを掴んだ手を離してくれませんかね、ジャスミンさん? ちょっと息が苦しいんだけど。

 俺を掴んだままジャスミンがネアにおずおずと問いかける。


「あの~? 本当にこのバカの使い魔なんですか?」

「そうだよー! ボクの種族は絡新婦アラクネ。半分人間の姿で半分蜘蛛。蜘蛛系の魔物の最上位種さ」


 そうなんだよね。ネアって上半身が人間の蜘蛛、絡新婦アラクネなんだよね。

 絡新婦アラクネは滅多に存在しないが、知能も戦闘能力も高い。

 糸を自分で生成することができるから、それを使って洋服を作っている。

 本来の姿に戻れば、人間の腕と蜘蛛の脚を使って物凄い速さで洋服を編むことができる。

 滅茶苦茶便利ってネアが言っていた。

 突然の暴露にジャスミンとリリアーネ嬢が驚く。


「えぇっ!?」

「半分人間の姿で半分蜘蛛の姿ということは、上半身が蜘蛛で下半身が人間!?」


 おぉぅ……リリアーネ嬢の天然が炸裂した。

 上半身が蜘蛛で下半身が人間か。気持ち悪いな。

 真っ先にそれを想像するとは……流石リリアーネ嬢だ。

 当の本人のネアはリリアーネ嬢の天然発言に腹を抱えて爆笑する。


「あはは! 上半身が蜘蛛で下半身が人間!? 逆だよ逆! 上半身が人間で、下半身が蜘蛛! あはははは! 面白いね! 考えたことすらなかったよ! あっ、今は人化しているから見た目は人間ね」

「うぅ……」


 天然のリリアーネ嬢は真っ赤になって恥ずかしがっている。

 いつもは大人っぽい印象だから、ギャップがあってちょっと可愛い。


「そうだ、ネア。九日後に城で舞踏会が開かれるんだけど、二人にドレス作ってくれない? アージェのところでアクセサリーを作ってもらってるから」

「もちろんいいよー! 可愛い子を着飾らせるのはボクの趣味でもあるからね! 二人は人間では逸材さ! 善は急げ! 今すぐやるよ!」


 ネアは急にやる気を出し、ポカーンとしているジャスミンとリリアーネ嬢の手を掴む。

 俺は慌てて止めた。


「ちょっと待て! 今からか!?」

「えっ? そうだけど。あれっ? 今何時? 朝? 昼? 夜? 深夜? あぁ~お腹減ったなぁ」

「今は夜だけどさ、お前、いつから寝てない? ご飯最後にいつ食べた? お風呂は?」


 俺がジト目を向けると、ネアはじっと考え込み、可愛らしく舌を突き出す。


「………………てへっ!」

「おいコラ! 閉じこもってまた忘れてたな! 一体いつから忘れてた!? 今すぐご飯食べて風呂入って寝ろ!」

「二人のサイズを測ってデザイン決めたらね! 二人とも行くよ!」

「えっ? えぇっ!?」

「ふぇぇっ!?」


 手を掴まれたジャスミンとリリアーネ嬢と共にネアが、ピューッと部屋から飛び出して逃げていく。


「おい待て! ネア! ネア!」

「ふはははは! 何徹したかわからないテンションのボクを止められるものかぁー! ふはははは!」


 高笑いしながら逃げていくネアを追いかけるが、逃げ足だけは早い。

 全く追いつけない。


「だから今すぐ寝ろって言ってんだろうが! あぁもう! ジャスミン! リリアーネ嬢! ネアにセクハラされるだろうけど頑張れよ! 絶対セクハラされるだろうけど!」

「ぐへへへへ!」

「シ、シラン! 今すぐ助けて!」

「デ、デジャヴュです! シラン様ぁ~!」


 顔を真っ青にして涙目のジャスミンとリリアーネ嬢が見えたけど、俺はそっとサムズアップして送り出した。

 二人の顔が絶望に染まる。そして、ネアに連れられて消え去った。

 ネアが満足するまで彼女の工房から出ることはできないだろう。頑張れ!

 おっと。ネアに注意をしておかないとな。


『ネア。二人には暗部のこととか全然教えてないから喋るなよ?』

『りょーかーい! ねえシラン君! どんなドレスがお好み?』

『二人が一番輝くドレス』

『ボクの腕の見せ所ってことだね! うおぉー! 久しぶりに燃えてきたぁー! ボク、全力で作っちゃうよー! うおぉー!』

『ほどほどに休めよー』


 もう聞いてないし。この様子なら出来上がるまで閉じこもりそうだな。

 時々様子を見に行って強制的に休ませるか。

 これでジャスミンとリリアーネ嬢を抱く話は有耶無耶になったな。

 俺はネアを追いかけるのを止めて、自分の寝室へと戻るのだった。

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