第19話 治療行為 (改稿済み)

 

 リリアーネ嬢が湯あみが終わるまで俺はファナの手伝いをしていた。

 湯あみが終わったと連絡があり、少ししてからリリアーネ嬢に会いに行った。

 流石にリリアーネ嬢ほどの美女の湯上りは危険だ。

 ドアをノックしてから部屋の中に入る。

 部屋の中ではリリアーネ嬢がお茶をしていた。


「シラン様」

「リリアーネ嬢。少しはゆっくりできたか?」

「はい! とても気持ちよかったです」


 それならよかった。

 安心していると、リリアーネ嬢がスクっと立ち上がった。


「シラン様、まだお礼を言っていないことに気づきました。私の命を助けていただき、誠にありがとうございました」


 貴族令嬢の凛とした振る舞いで綺麗に頭を下げている。

 一つ一つの動作が美しい女性だ。


「いや、お礼を言われるほどじゃないさ。どちらかと言うと、俺が謝らないと。巻き込んでしまってすまない」


 俺も頭を下げて謝る。本当は巻き込む前に終わらせるつもりだったのにな。俺もまだまだだ。

 お互いに頭を下げたまま、相手が頭を上げるのを待つ。

 チラチラと交互にお互いを見て、視線が合い、同時に吹き出して一緒に頭を上げた。


「王子殿下が簡単に頭を下げていいのですか?」

「それを言うなら、公爵家のご令嬢も頭を下げていいのか?」

「私は頭を下げなければならない時はちゃんと下げますよ。お父様とお母様の教えです」

「俺もだ」


 公爵と奥方の教えね。だから、公爵は頭を下げたのか……。

 リリアーネ嬢を助けた俺に即座に頭を下げたストリクト・ヴェリタス公爵。娘にもちゃんと教え込んでいるらしい。性知識は教えていなかったけど。

 んっ? そういえば、公爵より身分が上の父上、国王からも頭を下げられたな。侯爵の当主である宰相と騎士団長にも……うん、気にしないでおこう。あの三人にはよく頭を下げたり土下座されているから。


「リリアーネ嬢。そろそろ家に送る。さっき連絡しに行ったが、皆心配していたぞ」

「っ? そうでした! 私、攫われたんでした!」


 一瞬首をかしげ、リリアーネ嬢がポンと手を打つ。

 転移させられて毒を盛られて死にかけたのに忘れていたのか?

 トラウマになるよりは忘れたほうがいいかもしれないな。

 準備を整えるのを待って、リリアーネ嬢の手を握り転移する。

 リリアーネ嬢は身体を包み込む闇がもう怖くないらしい。安心している。

 転移した先は、ヴェリタス公爵領にある娼館の秘密の部屋。

 支配人とソラとハイドが待機して待っていた。


「ご主人様、準備は整っております」


 流石俺の使い魔だ。

 娼館からリリアーネ嬢が出てきたら大問題だ。

 あっ、馬車の中に直接転移でもよかったな。

 でも、娼館から出た馬車の中にリリアーネ嬢がいたことがバレたらそれはそれで大問題だ。

 よしっ! 暗部の服を着たハイドに送ってもらうことにしよう!


「ハイド。暗部の服装になって、俺たちを送ってくれ。場所は公爵の屋敷の中だ。その後はすぐに帰っていい。俺とソラは歩いて戻ってくる」


 執事服のハイドは一瞬で理解したらしい。即座にハイドの身体を闇が包んで、闇が晴れた時には立派な暗部がいた。

 今回は転移先にマーキングした影がないので、そのままだとハイドは転移ができない。

 だから、俺がちょっと手を貸す。

 ソラとリリアーネ嬢の二人と手を繋ぎながら、目を瞑って視覚を飛ばす。

 視た先は、公爵家の広い玄関ホール。まだ忙しく使用人たちが動き回っているが、丁度中央に誰もいない時を見計らって結界で空間を隔離する。

 そして、その結界の空間の床を闇で覆う。

 準備完了!


「転移します」


 ハイドの渋い声が聞こえ、俺たちの身体を闇が包む。

 闇が消えた後、俺たちは公爵家の屋敷の玄関ホールにいた。

 恐怖で青ざめた使用人や、武器を構えた騎士たちが大勢集まっている。

 結界を解くと同時に、慌ててストリクト・ヴェリタス公爵が駆けつけてきた。その後ろにはリリアーネ嬢によく似た大人の女性もいる。


「お父様! お母様!」

「リリアーネ!」

「よかった……無事でよかったわ……!」


 二人ともリリアーネ嬢を見て、安堵して涙を流しながら抱きしめる。

 うむ、感動する光景だ。

 この心温まる光景を見たいから俺は頑張っている。その為にはどんなことだってする。殺人や拷問だってやってやる。今までもこれからも!

 涙目の公爵と公爵夫人が頭を下げる。


「娘を助けていただきありがとうございました」


 形上はハイドに頭を下げている。でも、俺に向けられている気がする。

 ハイドは何も言わずに闇の中に消えていった。

 残された俺とソラは、すぐに帰ろうかと思っていたんだが、純真天然のリリアーネ嬢が爆弾を落とす。


「そうです! お父様! お母様! 私にちゃんとした子供の作り方を教えてください!」

「な、なにぃっ!?」

「あらあら!」


 ストリクト公爵が声を裏返させて叫び、公爵夫人がおっとりと微笑んでいる。


「私、ずっとキスで子供ができると思っていたんですから! シラン様に指摘されて恥ずかしかったんです!」


 いやいや、リリアーネ嬢。子供の作り方を教えてって大声で言うほうが恥ずかしいと思うのだが。

 使用人も騎士たちもリリアーネ嬢の純真さを愛でている。愛されてるなぁ。

 いろいろと理解してしまった公爵が俺を殺意を込めてキッと睨み、公爵夫人は優しげに微笑んでいる。


「ま、まさかっ!? シラン殿下と……!?」

「あ、あの……それは……いろいろとありまして……」


 リリアーネ嬢。恥ずかしそうに顔を赤らめ、もじもじしないでください。

 いや、うん、俺の正体は秘密ということを守ってくれているんだろうけど、キスというか治療行為自体も秘密にして欲しかったなぁ。


「じゃっ! 俺は帰りますね!」


 手をあげて帰ろうとする俺。こういう時は逃げるしかない!


「シラン殿下! 殿下とはいえ許さん!」


 ですよねー! 公爵は娘のリリアーネ嬢が大好きですからねー。


「リリアーネの、我が愛しい娘の唇を奪ったこと万死に値する! 死ねぇぇえええええええええええええ!」


 公爵は憤怒の形相で、腰に帯びていた剣をスラリと抜いて飛び掛かってきた。

 周りもギョッとして公爵を止めようとするが、公爵は超武闘派の貴族だ。止められるはずもない。

 あぁ~。刺されるかもなぁ。俺の使い魔たちが暴れないといいけど……。


『あはははは! 修羅場だ修羅場だ~! いいぞやれやれ~!』


 おい。呑気に笑うな! 声の中心人物である緋彩さん! 後でお仕置きです!

 今回に限り、俺の使い魔たちは修羅場の観戦をして楽しんでいるみたい。

 俺は自分の心臓に迫りくる白銀の剣を呆然と眺める。

 そして俺は気づいた。公爵は寸止めすることに。これは脅しのようだ。

 安心していると、俺の前に立ちふさがる人物がいた。


「お父様ダメです!」


 リリアーネ嬢だ。両手を広げて俺を庇う。長い黒髪がはらりと舞い、後ろ姿しか見えなかったが、凛としてとても美しかった。

 ストリクト・ヴェリタス公爵の顔に焦りが浮かんだ。

 寸止めするつもりだったのだが、リリアーネ嬢が間に割り込んだことで距離が狂ってしまう。

 必死で腕止めようとするが、勢いの付いた剣は止まらない。

 このままだとリリアーネ嬢を刺し殺してしまう。


 はぁ……ヴェリタス公爵、貸しだからな。


 俺は片手でリリアーネ嬢を押しのける。倒れ込んで怪我するかもしれないが、それくらいは許してくれ。

 リリアーネ嬢を貫くはずだった白銀の剣先が、真っ直ぐ俺の心臓に吸い込まれる。


「ぐっ!」


 剣先が俺の肋骨を砕き、心臓を破壊して、あっさりと身体を貫通し、鮮血と共に背中から飛び出す。

 武闘派の公爵は、無意識に剣から魔力を放出し、爆発させる。

 俺の身体は内側から壊される。


「カハッ!」


 大量の血液が口から出た。

 うわぁー痛い。痛い痛い痛い! 鉄の味が気持ち悪い。

 心臓を破壊された俺は、脚から力が抜け倒れ込む。

 誰もが呆然とする中、真っ先に我に返ったリリアーネ嬢が駆け寄ってくる。


「シラン様!」


 手や服が俺の血で濡れることをためらわず、胸の傷口を手で押さえ、必死で止血しようとする。

 普通なら即死の傷だが、俺は死ぬことができない。

 不死鳥の緋彩と契約したことで不死身なのだ。他にも再生能力が高い使い魔のおかげで傷はすぐに治る。


「シラン様! しっかりしてください、シランさまぁあああ!」


 血だらけになりながらリリアーネ嬢が止血する。しかし、あまりにも傷口が大きすぎだった。胸にぽっかり空いた穴からドバドバと血が流れ出す。

 俺は、大丈夫だ、と言おうとしたが、喉に血が溜まって血反吐を吐くしかできなかった。


「そ、そうです! 治療行為です!」


 何を思ったのか、リリアーネ嬢が物凄く真剣な表情で美しい顔を近づけてきた。

 そして、俺の血だらけの口にキスをした。


「っ?」


 俺はリリアーネ嬢にキスをされながら呆然とする。彼女は何故キスをしているのだろう?

 混乱して悩みまくる俺の口内をリリアーネ嬢の舌がたどたどしく絡みついてくる。

 俺の心の中で、緋彩をはじめとする使い魔たちの大爆笑する声が聞こえる。

 リリアーネ嬢の唇が離れた。彼女の口元は俺の血で真っ赤になっている。


「まだ傷が治りません! もう一回!」


 リリアーネ嬢が再び唇に吸い付いてきた。

 先ほどよりも激しいキスをしてくる。血の味がすると思うのに、とても濃厚なキスだった。

 しばらくリリアーネ嬢とキスをしていたら、ヒィーヒィーと笑いすぎて呼吸困難になっている緋彩の声が聞こえてきた。


『き、傷を、治し、て、あげる、ね……あははは! 面白すぎ! お腹が痛~い! ご主人様が治療行為でキスすることもあるって言ったから、リリアーネはキスしたんだね~! ご主人様よかったね~!』


 な、なるほど。流石、純真天然のリリアーネ嬢だ。何故俺にキスをしたのかよく分かった。

 俺の視界の端で、ほんの一瞬傷口から炎が上がり、緋彩が傷を治してくれる。

 傷が治った俺は、まだ必死にキスを続けるリリアーネ嬢の肩を叩く。

 リリアーネ嬢の顔がゆっくりと離れた。


「リリアーネ嬢」

「っ! シラン様! 大丈夫なのですか!?」

「ああ。リリアーネ嬢のおかげだ」


 ゆっくりと起き上がった。

 俺の服は心臓の辺りに穴が開き、血でべっとりと濡れている。

 リリアーネ嬢のドレスや身体のあちこちにも俺の血で染まっている。両手や口の周りは血だらけだ。


「リリアーネ嬢、すまない。俺の血で汚してしまった」


 俺は魔法を発動させてリリアーネ嬢に付着した血を消し去る。

 血が消え去ったリリアーネ嬢は疲れた様子だったが、傷が治ったのを確認して、安堵して微笑んだ。


「ありがとうございます、シラン様。本当によかったです……」


 リリアーネ嬢の顔がクシャっと歪み、見る見るうちに綺麗な青色の瞳から大粒の涙がポロポロと零れ始める。俺の服をギュッと握り、縋りついて大号泣。

 お、俺、どうすればいいの!?

 取り敢えず、頭をポンポンと軽く叩いて慰める。

 静寂する屋敷の玄関ホールにリリアーネ嬢の泣く声が響き渡る。


「リリアーネ……愛しのリリアーネがシラン殿下とキ、キスを……」


 顔を真っ青にしたヴェリタス公爵がバタンッと床に倒れて気絶する。

 王子である俺を殺そうとしたとか、何故か生き返ったとか、そういうことじゃなくて、リリアーネ嬢が男とキスしたことがショックだったのか。

 親バカここに極まれり。

 騎士や使用人たちが慌ただしく気絶した公爵の介抱を始める。

 あの~? 公爵? 今のは治療行為ですよ。そういうことにしておいてください。

 というか、リリアーネ嬢にちゃんとした知識を教えてあげてくださいよ!

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