第20話 恐怖の象徴 (改稿済み)

 

 リリアーネ・ヴェリタス嬢が攫われ、ルーザー男爵家の捕縛が行われた次の日、俺は暗部の衣装を着てヴェリタス公爵家を訪れていた。

 男爵家の関係者を王城へ送ると同時に、今回巻き込まれたストリクト・ヴェリタス公爵とその娘のリリアーネ嬢も国王からの登城命令が下ったのだ。

 普段なら騎士や使用人などを引き連れ、馬車で王都の城へ向かわなければならない。その途中の街で泊まったりして財を使い、経済を回すのが貴族の役目の一つだ。

 でも、今回は特別だ。公爵とリリアーネ嬢が先に俺が城に送って、公爵家の騎士が王都に到着するまで、近衛騎士たちが二人の警護をすることになっている。

 俺は使用人や騎士たちから恐怖を抱かれ警戒されながら、沈黙したまま公爵とリリアーネ嬢を待つ。

 荷物を持った使用人を引き連れ、公爵とリリアーネ嬢がやってきた。

 何故か公爵はしきりに娘のリリアーネ嬢を気にして、リリアーネ嬢は全く公爵の話を聞いていない。

 泣きそうな公爵は、俺の見ると即座に憤怒の形相を浮かべる。


「……お待たせした」


 怒りを押し殺して、ストリクト・ヴェリタス公爵が低い声を出した。

 俺だとバレているのか? うわぁー殺気が凄ーい。

 リリアーネ嬢とキスしたのは治療行為で仕方なくなのに、公爵は俺を射殺そうと睨みつけてくる。

 彼女も何故か俺だとわかっているらしく、優しく微笑んでくる。

 公爵の機嫌がますます悪くなるのは言うまでもない。

 俺はため息をつきたい気持ちをグッとこらえた。


「騎士二名と使用人二名をつけてもいいだろうか?」


 公爵家の別邸は王都にもあり、そこに使用人や騎士が常駐しているはずだが、主な騎士や使用人はここにいる。最低限必要なのは騎士二名と使用人二名か。四人とも腕はいいと見た。

 残りは別に出発して王都で合流するのだろう。

 四人くらいは大丈夫だ。


『使用人は別邸のほうに送るか?』


 俺はヴェリタス公爵だけに聞こえるように喋った。

 少し考える公爵。


「出来れば頼む。リリアーネも一度王都の屋敷に待機させたいのだが」

『いいだろう。公爵家の屋敷の前に飛ぼう。そこから城まで歩くことになるがいいか?』


 王城の門の前に転移する予定だったけど、公爵家の屋敷の前にしようかな。

 公爵家の屋敷から城までは徒歩1分くらいだし。


「構わん。私も少しは歩かないとな」


 歩く必要ないと思うけどなぁ。調査したところ、公爵は毎日最低2時間は戦闘訓練で騎士たちをボコボコにしているらしいし。

 元気いっぱいの公爵は今にも素振りを始めそう。

 倒す敵はもちろん俺だ。ずっと殺気が俺を襲ってくる。

 さてさて、そろそろ時間かな。

 俺は公爵とリリアーネ嬢、騎士二名、使用人二名の周りに結界を張る。

 殺気だっている周りの騎士たちに邪魔されたくない。

 そして、視覚を王都の公爵家の屋敷の前に飛ばす。

 丁度誰もいない。結界を張って空間を隔離。地面を闇で覆いつくす。

 俺は何の合図もせず、六人に一言だけ告げた。


『……飛ぶぞ』


 影からねっとりとした濃密な闇が溢れ出し、身体を包み込む。

 咄嗟に警戒する公爵や騎士や使用人。だけど、もう遅い。何をしても無駄だ。

 ただ一人、リリアーネ嬢だけが安心して闇に身をゆだねている。

 闇に包まれたのはほんの一瞬。すぐに消えていく。

 視界が切り替わった。

 目の前にはヴェリタス公爵領の屋敷ではなく、王都のヴェリタス公爵家の屋敷がある。

 屋敷を警護する騎士たちが剣を抜いて警戒しているが、俺を見て恐怖で顔を真っ青にする。

 そして、後ろにいる公爵やリリアーネ嬢を見て、気を取り直し、二人を守ろうと飛び掛かってくる。

 残念ながら結界に阻まれたけど。

 倒すのも面倒なので、俺は腕を前に突き出し、騎士たちを魔力で拘束する。と同時に、身体から濃密な殺気や魔力を放つ。

 公爵が動こうとしたが、残念ながら足を闇で掴まれている。


「何のつもりだ?」


 公爵が剣に手をかける。連れてきた騎士二人も剣を抜き、使用人二人はリリアーネ嬢を守ろうとしている。

 俺は彼らに振り返る。


『少し待て』


 彼らの後ろで闇が膨れる。そして、闇の中から大勢の人が現れた。

 ルーザー男爵家の関係者。その中でも罪が酷かったり、内情を良く知る人物だけを集めた。その数約20人。当然ルーザー男爵本人と、その息子のドッグもいる。尋問のためにいろいろとしたので、反抗する気力もないようだ。

 全員が手や足を鎖でつながれている。彼らの監視のために暗部の人間が四人ついている。

 よし、これで全員だ。

 俺は闇を消して、結界も解除する。


『もう動いていいぞ』


 恐る恐る公爵や騎士たちが動き始める。


「リリアーネ、怖くなかったか? 大丈夫か?」

「……ぷいっ!」


 可愛らしい声をあげたリリアーネ嬢は、父親のストリクト・ヴェリタス公爵の言葉を顔を背けて無視する。

 ストリクト公爵はこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべて、膝から地面に崩れ落ちた。滝のように涙を流して地面に水たまりができた。

 どうやらリリアーネ嬢は俺を刺したストリクト公爵に怒っているらしい。


『リリアーネ嬢。大丈夫だったか?』

「はい! 全く怖くありませんでした!」


 俺の言葉にリリアーネ嬢がニッコリと笑う。

 ヴェリタス公爵は憤怒の形相を浮かべ、俺の方を向いた瞬間、ガンを飛ばして睨みつける。

 怖い怖い。本当に怖いから睨まないで……。

 公爵はリリアーネ嬢に無視されて泣きながら、リリアーネ嬢と使用人たちを屋敷へと入れ、屋敷を守っていた騎士や使用人たちと少しの間話をする。そして、何名か騎士を引き連れ戻ってきた。


「待たせた」


 血の涙を流している公爵に俺は軽く頷くと、黙って城のほうへと歩いて行く。

 もう既に注目が集まっている。このあたりは貴族の屋敷がほとんどだ。だけど、城の周りということで、意外と人通りが多い。王城は観光名所でもあるからだ。

 俺は道の中央を堂々と歩く。後ろには公爵とその騎士たち。そのさらに後ろに鎖で繋がれた約20人。暗部の四人は罪人の前後に二人ずついる。

 この鎖でつながれた人たちは見せしめでもある。

 濃密な殺気や魔力で気絶したり、暗部の服装を見て恐怖で気絶したり腰を抜かす人が続出する。身動きが取れない人もいる。失禁している人もいる。股と地面が黄色い液体で濡れている。

 俺は容赦なく手を振って、魔法で彼らの身体を浮かし、道の端へと追いやる。黄色い液体は消滅させる。

 道の真ん中を堂々と歩き続ける。


「へっへっへ……あれが暗部か。力試ぐぎゃ!」

「行くぞ! ごふぅっ!」

「あぎゃ!」


 馬鹿な冒険者もいる。あまりに弱すぎて力の差が把握できていないらしい。

 手を振るだけで吹き飛ばす。周りの人や建物には被害が出ないように調整はした。その分、冒険者の身体にダメージが受けるが、知ったこっちゃない。襲い掛かってきたほうが悪い。

 高位の冒険者らしき者は、好戦的に獰猛に笑うが、襲い掛かることはない。ちゃんと力の差が理解できているのだ。でも、強者に出会って身体が疼くのは止まらないようだ。

 城の城壁の門の前に来た。門を守る騎士たちが続々と出てきて警戒している。


「そこの者……ひぃっ!?」

「あ、暗部だ! あがっ!?」

「ぐふっ!」


 濃密な殺気と魔力で騎士たちが恐怖し、戦意喪失している。

 これではダメだ。城を護る騎士がこれくらいで使い物にならないなんて……。父上や騎士団長に言って恐怖に耐える訓練でもしようかな。

 後ろで公爵も呆れている。

 邪魔になった騎士たちを吹き飛ばし、俺たちは堂々と城へと侵入した。

 王城の入り口では、騎士たちが待っていて、リシュリュー宰相がメガネを輝かせて立っていた。


「お待ちしていました。ヴェリタス公」

「ふむ。宰相か」


 公爵と宰相が鋭い視線だけで言いたいことを伝え合う。流石貴族の二人だ。


「後ろの者たちはこちらで預かります」


 俺は軽く頷いて、後ろの暗部の四人に合図する。そして、城の騎士たちに預けた。

 軽く宰相に頭を下げた。気づいた宰相はクイっとメガネを上げる。

 俺は影から闇を噴き出させる。

 周りから恐怖の悲鳴が上がった。

 闇は俺や暗部の四人を覆いつくし、周りの恐怖を誘って、王城から消え去った。

 これで任務完了だ。これから貴族たちの調査をしないといけないけどな。

 さあ、新たな仕事だ!

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