第18話 報告 (改稿済み)
リリアーネ嬢の子供騒動が終わった後、彼女には湯あみ、お風呂に入ってもらうことにした。
いろいろとあったから、ゆっくりリラックスしてほしい。
彼女がお風呂に入っている間に、俺は父上に報告など、することがたくさんある。
使い魔たちにリリアーネ嬢をお願いして、俺は仕事を始める。
水色の龍が描かれた黒いローブを被り、白い仮面で顔を隠す。そして、闇を纏って転移をした。
転移した先は王城の父上の執務室。
部屋には誰もいないようだ。
父上は会議なのかなぁ、と思ったその時、何やら執務机の影から声が聞こえてきた。
「クンカクンカ……くぅ~! 癒される!」
気配を最大限まで消し、机の裏に回ってみる。
すると、成人男性が隠れてコソコソと顔に何かを押し付けて匂いを嗅いでいる。
手の中に見えるのは黒いレースの布。女性ものの下着だ。
この女性ものの下着を嗅いでいる変態が、ドラゴニア王国の国王、ユリウス・ドラゴニアだ。俺の父親でもある。
父上は三人いる妻の下着の匂いを嗅ぐのが密かな趣味なのだ。
何度か目にしたことがあるが、息子として本当に止めて欲しい。
というか、それは母上じゃなくて姉上の下着なんだけどなぁ。どこかで紛れ込んだのだろう。バレたら殺されますよ。
何故俺が姉上や母上の下着を知っているのかは秘密である。秘密と言ったら秘密なのである。
コンコンっと執務室のドアがノックされた。
父上は瞬時に机の中に下着を仕舞うと、今までずっと仕事をしていました、という雰囲気を出して仕事を始める。
「入れ」
国王の鋭い威厳のある声で命令する。
ドアが開いて、近衛騎士団の団長であるレペンス・デリア侯爵と宰相のリシュリュー・エスパーダ侯爵が入ってきた。
少しの休憩のため、席を外していたらしい。
「陛下、休憩は終わりです」
「うむ。随分と癒されたぞ」
下着をクンカクンカして疲れが癒されていたのだろう。肌が艶々している。
まあ、姉上の下着なんだけど。
父上と宰相が仕事を始めた。騎士団長は父上の斜め後ろで警護をしている。
俺は勝手にソファに座り、フードを取って、優雅にティータイムを始める。
ただ、このままだと報告ができないので、少しだけ気配を放ち、レペンス騎士団長とリシュリュー宰相にだけ姿を現す。
レペンス騎士団長は鋭い目つきで即座に剣に手をかけたけど、俺が手を振ると、すぐに俺だとわかったらしい、警戒を霧散させる。
リシュリュー宰相は、メガネの奥の鋭い瞳で俺を一瞥した後、メガネをクイっと上げ、何事もなかったかのように仕事を続ける。
そのまましばらくティータイムを過ごし、父上が何も書いていない時を見計らって、姿を現し声をかけた。
「父上」
「うわぁおぅっ! びっくりしたぁ!」
ビクッと飛び上がった父上。偶にはびっくりしてくれたかな?
こういう刺激も偶には必要だろう。
バクバクする心臓を押さえている父上が、ソファに座る俺に気づいた。
「シランか?」
「はい。報告に来ました」
即座に気持ちを切り替えて、国王としての顔になる。
「聞こう」
「はい。取り敢えず、今までの報告書がこれです」
俺は父上と宰相と騎士団長に書類を手渡す。
並列思考ができるといろいろと便利だ。別のことをしながら書類も同時に作れる。
「今朝、ヴェリタス公爵領へと赴き、リリアーネ嬢とストリクト公爵に会いました。そこには豚……ではなく、ドッグ・ルーザーの姿もありました。アポイントもなく押し掛けたようです」
「ふむ。シランから見てそいつはどうだった?」
「今すぐにでもぶっ潰したいと思いましたね。こんなバカが貴族にいたのか、というレベルです。男爵の息子なのに公爵や俺よりも偉そうにしていました」
「ふむ。一度貴族への引き締めを行わなければならないか……最近は選民思想の貴族が多くて困る」
父上や宰相が目配せをして何かを企み始める。
うわぁー。あくどい顔をしておりますこと。
「公爵家から帰った俺は……もう面倒くさいので書類を見てください。全部書いてあります」
黙々と三人が書類を読んでいて、俺の話を全然聞いていない。
書類に書いていることを口で説明するのは面倒なので、もう任せていいだろう。
読み進める三人の顔が、徐々に憤怒に変わっていく。
読み終えた彼らは、同時にふぅーっと息を吐いて心を冷静に保つ。
宰相が瞳に冷酷な光を浮かべ、メガネをクイっと上げる。
「地下に捕らわれていた女性たちは?」
「今は眠っているそうです。精神の疲労と身体の衰弱が激しいので、ニ、三日は様子見だそうです」
「奴隷……帝国ですか」
「書類上はそうなっていますね。転移の魔道具の出所も調べているところです。他国からの干渉があった可能性は高いですね」
「麻薬に関しては……」
「今は何とも。詳しく調べます」
父上が真剣な眼差しだ。さっきまでの変態とは別人のようだ。
「攫われたリリアーネ嬢は?」
「幸い、投与された毒は全て解毒しました。後遺症もありません。貞操も無事です。今は俺の屋敷で湯あみの最中です」
「……襲ったのか?」
「襲ってません!」
「……じゃあ、今から襲うのか?」
「襲いませんよ! 自分の息子を何だと思っているんですか!?」
「女誑し」
「即答するな! 変態親父! さっきしていたことをバラすぞ性癖異常者!」
「な、ななななな何もしてないぞ俺は! 下着の匂いを嗅いだりなんかしていない! していないったらしていないのだ!」
動揺しまくる変態の国王。この国は大丈夫なのだろうか? 不安だ。
あぁ……頭が痛い。
「たぶん、まだ時間がかかりそうなので、この後ストリクト・ヴェリタス公爵に連絡しに行きます。まだ何も言っていないので」
「殺されそうだな」
「ですよねー。というわけで、父上、公爵宛に一筆お願いします」
「わかった」
父上が公爵に向けて手紙を書き始める。
これで俺が殺されることはなくなったはずだ。
「宰相、今尋問中だが、いつ届ければいい?」
「ちょっと待ってください。予定を確認します。……明日の朝10時はいかがでしょう?」
「わかりました。俺たちのほうは大丈夫です。騎士団長、城門前に転移するから騎士を頼みます」
「かしこまりました、殿下」
根回しはこれでオーケー。
他にしないといけないことは……。
「父上、宰相。緊急で貴族を集めますか?」
「うむ。全員集まるまで三日くらいかかると思うが、どうだ、宰相?」
「そうですね。流石に国境沿いの貴族はそれくらいかかるかと。他国に攻められる可能性もありますから、そう簡単に持ち場を離れられないでしょう。引継ぎもありますし」
「わかりました。国境に使い魔を放って、警戒してもらいます。そして、父上たちが会議を行っている間に、全貴族をもう一度調べ直します」
「大丈夫なのか? 大変だぞ?」
「それが俺たちの仕事ですから。それに、捕らわれている人がいるかもしれません」
地下牢のことを思い出してしまい、思わず俺の身体から殺気が溢れる。
ちょっとやり過ぎたようだ。騎士団長ですら顔を真っ青にしている。
即座に殺気を抑える。
「すいません。つい感情が……」
「いや、大丈夫だ。シラン、俺からの勅命だ。頼んだぞ」
「御意」
話が終わった俺は、父上から公爵宛の手紙を受け取ってフードを被る。
取り敢えず、後は父上と宰相に任せよう。
所詮俺は影の存在だ。
父上、宰相、騎士団長に一礼して、闇の中に入り込んで転移する。
転移した先は、ヴェリタス公爵の屋敷の門の前。
リリアーネ嬢が攫われたことで騎士や使用人たちが慌ただしく動き回っている。
突然闇を噴き出して現れたフード姿に仮面を被った俺に誰もが警戒する。
「何者!? ガハッ!?」
「グフッ!?」
即座に剣を向いて飛び掛かろうとした騎士たちは、俺が放出した殺気と膨大な魔力により地面に倒れ込む。
俺は気にせずヴェリタス公爵の屋敷の中に入っていく。
誰もが俺を見て固まり、恐怖で動けなくなる。
屋敷の中には騎士たちが勢ぞろいしていた。
不気味な俺を見て、即座に公爵の盾となり、俺に襲い掛かろうとする。
流石公爵家の精鋭たち。動きが素早い。
即座に襲い掛かるとは大した騎士たちだ。その心意気、嫌いじゃないぞ!
「待て!」
公爵の一喝により、騎士たちが止まる。
ストリクト・ヴェリタス公爵が騎士を掻き分けながら前に出てくる。
「閣下! お下がりを!」
「相手は賊ですぞ!」
「いいから退け! 相手は暗部だ! 国王陛下からの使いである! 危険はない」
公爵が俺の前に立った。
瞳が怒りで燃えているが、僅かに冷静さを残している。
「リリアーネは無事か?」
俺はゆっくりと頷く。公爵から安堵の息が漏れた。
父上からの手紙を出そうと俺が懐に手をやると、騎士たちが武器を抜こうとするが、公爵に手で制された。
公爵にだけ声が聞こえるように魔法を発動させる。周りから空間と時間を隔離する。
『国王陛下からの手紙だ』
「わかった。受け取ろう。それで? リリアーネはどこにいる?」
『シラン王子殿下に預けた。今は湯あみの最中だ』
「なにっ?」
公爵の瞳が鋭くなる。
そりゃそうか。俺の名で魔道具が届き、どこかへ転移されたからな。
『まずは手紙を読め』
ヴェリタス公爵がゆっくり手紙を読み始める。
そして、いろいろと納得したようだ。ゆっくりと頭を下げる。
「娘を助けてくれたこと感謝します、殿下」
『……何を言っている?』
「歩き方がシラン殿下と一緒です。それに、空間と時間を隔離しています。シラン殿下と同じ術式だ」
『そうか? 我らからすればあの女誑しの王子の真似をすることなど容易い』
「そうですか。そういうことにしておきましょう」
これだから武闘派の貴族は困るんだ。歩き方とかどうしろって言うんだ!
『もう少ししたらシラン殿下がリリアーネ嬢を送り届けるはずだ。少しの間待て』
「わかりました」
話しは終わりだ。隔離していた時間と空間を元に戻す。
周りからしたら一瞬の出来事だ。
俺は何も言わず、足元から闇を噴き出す。騎士たちが反応したけど、俺は気にせず影の中へ消えていく。
さてさて、報告は終わった。
あぁ~疲れた。
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