第8話 イチャイチャしながらの仕事 (改稿済み)

 

 あまい香りが漂う豪華な部屋。

 趣味の良い調度品で纏められ、高級感漂う娼館のプライベートエリア。

 俺は大きなソファに寝転がり、使い魔たちに囲まれながら報告書を読んでいた。

 妖艶な美女であるファナのむっちりとした太ももに膝枕されつつ。右腕はソラに左腕は月蝕狼ハティに腕枕している。

 三人からあまい香りが漂ってくるし、ファナは優しく頭を撫でてくれ、両隣のソラとハティの柔らかさが心地良い。

 二人は見た目から襲いたくなるくらい美しいし、ハティはそれに加えて尻尾で俺の身体を撫でてくる。

 思わず彼女たちに襲い掛かって仕事を放りだしたくなる。


「ダメよ、あなた。お仕事はちゃんとしなくちゃ」


 俺の考えを読んだファナが、甘くて優しい声で囁いてきた。

 本当に仕事をさせる気があるのか疑うくらい妖艶で魅惑的な声だった。

 両手が塞がっているため、魔法で浮かせた書類から目を離し、ファナの顔を伺うと、彼女は悪戯っぽい表情で微笑んでいた。

 吸血鬼の真祖が俺を誘惑してくる。吸血鬼じゃなくて淫魔のようだ。


「ご主人様早く構ってください」

「ひまー」

「ちょっと待って! すぐに終わらせるから」


 俺は資料に目を通す。

 当たり前だが、どれもこれも悪いことばかり。

 どこぞの貴族が汚職や賄賂をしたり、他国のスパイがどこどこに侵入ているのを泳がせていたり、密輸が行われたり、盗賊や人さらいのアジトまで報告されている。

 流石、国王直属の最凶最悪の諜報暗殺部隊、暗部だ。


「貴族の汚職や賄賂は今のところ放っておいて、他国のスパイは泳がせていてもいいが、排除が無難か。これは天龍の部隊でいいだろう。密輸は港と海は海龍の部隊で。貴族が関わっている盗賊や人さらいの壊滅は地龍の部隊でいいだろう」


 天龍、海龍、地龍というのは暗部の部隊のコードネームだ。天龍は暗殺任務のエキスパートたち。海龍は海や水辺を得意とする部隊。地龍は大規模な組織の壊滅を得意としている。他にも飛龍という部隊などいろいろある。

 そして、最上級クラスの暗部の人間には各個人に龍のコードネームが与えられている。俺は白龍でハイドは影龍などなど。単独であらゆる任務をこなせる超級の腕を持つ者たちだ。ほとんど俺の使い魔たちだけど。

 さてさて、今日の報告は以上か?

 と良いところに、影の中から出現する執事のハイド。

 邪魔をして申し訳なさそうな顔をしている。


「申し訳ございません。ご主人様、お嬢様方。ちょっと気になる報告が」


 そう言ってまとめられた報告書を手渡してくる。


「ありがとう。えーっと、なになに? 貴族令嬢の誘拐計画?」

「はい。貴族の令息が他の貴族の令嬢の誘拐を企て、人さらいの組織に依頼を行ったようです」

「私の組織じゃないのかしら?」


 ファナがハイドに問いかける。

 彼女は表では大商会の商会長、裏では王国の裏組織や暗殺ギルドを取りまとめているのだ。

 しかし、ハイドは首を横に振る。


「いいえ。冒険者崩れの盗賊に近い組織のようです。メンバーはよくわかっておりません」

「……厄介だな」


 俺たち暗部が取り仕切っている裏組織に頼んだら、計画を潰すのが簡単だったのに。

 報告書によると、王都のことではないようだ。

 地方の都市から報告されており、報告されたのは数日前だ。届くのに時間がかかっている。

 貴族の誘拐など計画する者は多いのだが、ほとんどが失敗に終わる。貴族も独自の私兵や騎士団を持っているからだ。

 でも、今回は相手が相手だ。


「計画を立てたのはルーザー男爵家の息子ドッグか。で、お相手が……はぁ、マジかよ。リリアーネ・ヴェリタス嬢だと。深窓の令嬢か。いや、気持ちはわかるが、流石に公爵令嬢を攫おうとするなよ」

「あらあら。≪Love is blind≫ 恋は盲目かしら?」

「いや、頭の中からっぽだろコイツ」


 ヴェリタス公爵家リリアーネ嬢。『神龍の蒼玉サファイア』と名付けられた王国の美女。

 一年ほど前に建国祭のパーティに出席したことがあったな。

 あらゆる男性を見惚れさせて虜にし、サファイアの呼び名を父上から与えられた美女だ。

 ドッグ・ルーザーという男爵子息は大方、その時に一目惚れでもしたのだろう。

 しかし、彼女は父親に溺愛されている深窓の令嬢。表舞台にはほとんど出てこない。

 それで、痺れを切らした男爵家の息子は誘拐を命令したと。


「いかがなさいますか?」


 ハイドが判断を求めてくる。

 右隣のソラが誘惑するように囁いた。


「私がぶっ飛ばしましょうか?」

「ソラがやったら地形が変わるだろ?」

「些細なことです」


 本当にどうでもよさそうだな。

 今度は左隣のハティが元気よく声を上げる。


「じゃあ私がやるー!」

「ハティがやったら血の海ができるだろ」

「些細なことー」


 全く気にする様子もなく、寝ながらシャドーボクシングをしている。

 寝ながらは止めなさい。

 今度は吸血鬼のファナが妖艶に顔を覗き込んでくる。


「じゃあ、私がやってあげましょうか?」

「ファナがやったら血の雨が降るだろ」

「些細なことよ」


 血のように真っ赤な唇をニヤリと吊り上げ、色っぽくウィンクした。

 最後に執事のハイドが恭しく申し出る。


「では、私が」

「ハイドがやったら全員闇に飲み込まれて消滅するだろ」

「些細なことです」


 どうして俺の使い魔たちは加減というものができないのだろう。

 その分助かっていることも事実だが。

 う~ん、こうなったら父上のところに相談しに行くか。貴族が関わっていることだしな。

 そうと決めた俺は起き上がろうとして、両隣で腕枕されていたソラとハティ、膝枕をしていたファナから抵抗を受け、起き上がることができなかった。


「あの? 大変名残惜しいですが、離してくださいます? 父上のところにお仕事に行くのですが?」

「むぅ!」

「えー!」

「イヤよ!」


 美女三人による拗ねた顔。とても可愛らしい。


「ご主人様はモテモテですな」


 くっくっく、と楽しそうに笑うハイド。

 恥ずかしさで俺は思わず顔を背ける。


「う、うるさい」

「うふふ。ご主人様が照れています」

「照れてるー!」

「あら、可愛いわね」

「あぁー! もう揶揄うのは止めてくれ! 仕事に行ってくる! ハイド! 俺を父上のところに送ってくれ!」


 女性陣からの楽しそうな眼差しを避け、ハイドにお願いする。


「くくくっ。かしこまりました、ご主人様」


 影が濃くなり徐々にせり上がってくる。

 闇が俺を包み、世界が漆黒に包まれた。


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