第7話 追及される (改稿済み)

 

「シ~ラ~ン~? 白状しなさい!」


 今、目の前に鬼がいる。修羅がいる。

 紫色の瞳を怒りで燃やし、目の下には濃い隈ができているジャスミン。

 身体に纏う怒気が炎のように揺れ、鬼の形相のジャスミンをより迫力のあるオーガへと誘っている。

 ここは普段俺が住んでいる王都の屋敷。

 朝帰りしたら何故か俺の屋敷の玄関ホールにジャスミンが仁王立ちでスタンバイしていたのだ。

 そして、俺はジャスミンの前で絶賛正座中。足が痺れて感覚がない。


「さあ! 全て吐きなさい!」


 俺はスゥっと視線を逸らす。

 コソコソと小さな声で喋り合う屋敷のメイドの姿が目に入った。

 またやってる、と楽しげに笑いやがってぇ~! 助けてくれよぉ~。


「ま~たご主人様が怒られてる」

「ジャスミン様はご主人様のために近衛騎士団に入隊したって聞いたけど」

「昔から一途だねぇ~」

「いつになったら『神龍の紫水晶アメジスト』に手を出すのかなぁ? 夜遊び王子なのにヘタレよねぇ、私たちのご主人様は」

「「 あはははは! 」」


 ジャスミンの目から光が消えた。紫色の瞳が今は黒く濁っている。

 終わった。地雷を踏んだ。というか、わざと聞こえるように喋ったな!?

 真っ赤な顔をしたジャスミンがプルプルと震えている。


「シランのために近衛騎士団に入隊? な、なななな何のことかしら!? 全然わからないんですけど! い、いいいいい一途って意味が分からないわ! ちょっとお話が必要みたいね!」

「わぁー! 待て待て! 何故お話に剣が必要なんだ! 抜くな! 鞘に納めろ! 止まれジャスミン!」


 剣をスラリと抜いて、虚ろな瞳で今にも斬りかかっていきそうなジャスミンの身体に飛びつく。

 んぎゃっ! 足が痺れていることを忘れてた。脚に力が入らない。

 体勢が崩れて近くのジャスミンに縋りつく。


「きゃあ! ど、どこに顔埋めてんのよ! このバカ!」


 いやいや。これは不可抗力! 足が痺れて脱力しただけ!

 それにしても顔に感じるこの柔らかい感触。甘い香りがする二つの桃。

 なんだこれは…………ジャスミンのお尻か。ふむ、気持ちいい。

 一瞬で俺なんかぶっ飛ばせるのに身動きしないジャスミン。どうしたんだろう?


「いい加減にしなさい! この変態エロ王子!」

「ぶぎゃっ!?」


 ボンッとお尻アタックされて顔が離れたところに、恥ずかしがったジャスミンの拳が飛んできた。

 反応できなかった俺は彼女の拳を顔面で受け止める。

 鼻に熱い衝撃が走り、ツーンと錆臭い臭いが広がった。口に垂れる生温かい液体。


「あぁ! シランごめんなさい! つい手が出ちゃった……大丈夫?」

「大丈夫だいじょーぶ。ジャスミンのお尻の感触を味わえたんだ。鼻血くらいに安いもんさ。フガフガ」

「……もう一発いる?」

「ごめんなさい」

「はぁ……治癒術師のところに行くわよ」


 仕方がないわねぇ、と肩を貸してくれるが、足が痺れているため上手く歩けない。足に衝撃が走るたびにジンジンと何とも言えない感覚が襲う。

 はぁ、と再度ため息をついたジャスミンは、俺をヒョイッと抱き上げた。

 二日連続のお姫様抱っこ。昨日はソラに、今日はジャスミンに。

 女性にお姫様抱っこをされる俺……男としてのプライドが木端微塵に砕け散りそうだ。

 慣れた様子で屋敷の中を歩くジャスミン。その様子を屋敷で働くメイドたちがキャーと歓声を上げている。

 また噂が広がるだろうなぁ、と彼女の腕の中で絶望する。


「失礼します。シランが鼻血を噴き出しました!」


 ジャスミンが治癒術師がいる部屋のドアを勢いよく開いた。

 中にいたのはメガネをかけて白衣を着た緑色の髪の美人な女性。名前はケレナ。治癒魔法が得意な俺専属の治癒術師だ。

 ちなみに、胸は大きいです。巨乳。

 メガネの奥の黄緑色の瞳が抱きかかえられながら鼻血を噴き出す俺を見て、はぁ、とため息をついた。


「ご主人様? エロい妄想でもしましたか?」

「してません」

「では、ジャスミン様の胸でも揉みましたか?」

「してません。揉んだのはお尻です」

「シラン!」

「おっと」


 怒るな怒るな。小さい頃には同じベッドに寝て、一緒に裸でお風呂に入った仲じゃないか。

 それにしても、幼馴染様は美しく成長されましたなぁ。

 お尻はナイス感触でした! エクセレント!


「というわけで、ケレナ、治癒を頼む」

「かしこまりました」


 ケレナは指を軽く一振り。

 俺の身体が白く光り、鼻血が跡形もなく治癒した。ついでも足の痺れも。

 適当な感じだが、一瞬で治癒できる治癒術師は極わずかしかいない。瞬時に怪我を把握し、治癒魔法を発動させるのだ。並大抵の技量ではない。


「おぉー。サンキューな。ついでにご休憩していってもいいか?」

「どうぞご自由に。このお屋敷はご主人様の家ではありませんか。好きな部屋で好きなだけご休憩されてください」


 それもそうか。自分の家だから好きにくつろげばいいか。


「今日はジャスミン様とですか? 二時間ほど席を外しましょうか?」

「なぁっ!?」


 ふむ、二時間か。二時間で済むかなぁ? まあ、冗談だけど。

 ジャスミンは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。初心だなぁ。そういう反応はとても可愛いです。

 さてと、ジャスミンが話を誤魔化すなと言いたげにムッツリ睨んでいるので、少しお喋りをしましょうか。

 チラチラと熱っぽい視線を向けているケレナに俺は強い口調で命令を口にする。


「ケレナ。周囲の空間を隔離しろ」

「は、はい!」

「そして俺の椅子になれ」

「っ!? 御意!」


 保健室の周囲の空間を隔離し、四つん這いになったケレナ先生。

 どこかモジモジしていた大人の女性のケレナが、鼻息荒く興奮している。

 俺はケレナ先生の背中に勢いよく座った。ついでにお尻をパシィィインッと叩く。


「うほぉぉぉぉおおおおおおお! これこれぇぇええええええええ!」


 痛みという快感で動物のように吠えるケレナ。突然の暴力……もといご褒美に歓喜の嬌声をあげる。

 先ほどの治癒術師の顔はどこへ行ったのだろう。

 ここにいるのはただのドМの変態だ。


「シ、シラン!?」

「あぁ~。いろいろとあるだろうけど、まずは座って話を聞いてくれ。ご褒美をあげる時は空間を隔離しろって他のやつらに言われているんだ」


 驚きでいっぱいのジャスミンが俺の言葉に従ってベッドに座ってくれる。

 で、俺はケレナのお尻を再び叩く。

 恍惚と吠える変態のことは意識から外す。


「まず、今まで黙っていたけど、ケレナも使い魔なんだ」

「あぁ~ん。ご主人様ぁ~。私は使い魔じゃなくてただの豚です。雌ブタですぅ~。ブヒィ~!」

「雌ブタだそうです」


 お尻をフリフリしていた豚……じゃなくてケレナのお尻を叩く。

 嬉しそうな声が保健室に響いた。

 驚きつつもドン引きしているジャスミン。


「つ、使い魔? 嘘!?」

「本当だよ。種族は植物系とだけ言っておこうか」


 ケレナの肌が葉緑素の黄緑色になり、緑色の髪が葉っぱになる。植物の精霊のような姿だ。

 実際は世界樹だなんて言えるわけがない。伝説上の存在だとは言えない。

 こんなドМの変態の雌ブタが世界樹なんて、この世界は終わってるな。


「おほぉぉおおおおおお! 蔑んだ冷たい視線を感じるぅぅううう! 心の中で罵倒された気がするぅぅうううう!」


 ケレナの頭にチョップと落とした。嬉しそうな声を上げるな。


「契約したのはいいけど、こいつはどうしようもないドМで大変なんだ」

「……シラン、まさかそっちの趣味が?」

「仕方なくだからな! 仕方なく! 契約上仕方なくこいつを虐めているんだ!」

「あらあら。いつもご主人様は楽しそうにこの豚を虐めて……あふぅぅぅん! うほぉぉおお! これこれぇぇえええ!」


 要らん事言おうとしたケレナのモチッとしたお尻をパンパン叩く。

 ケレナの顔が快感でだらしなく緩んでいる。ねっとりした涎がとろ~りと床に垂れる。

 ジャスミンの顔がどんどん引きつっていく。


「まあ、この豚のことは無視しておいて、ジャスミンは俺に何を聞きたいんだ?」

「えーっと、コホン。シラン、裏で何かしているの?」


 ジャスミンが咳払いして気持ちを整えてから、真剣な表情で問いかけてきた。完全に動揺は隠せていないけど。

 彼女から心配そうな感情が伝わってくる。

 俺は彼女の綺麗な紫色の瞳を見つめ返し、平然と嘘をつく。


「何もしてないよ」

「嘘よ! 昨日暗部の奴が言っていたわ!」

「……暗部に遭遇したのか。よく殺されなかったな」


 まあ、その暗部の奴は俺なんだけどね。この様子だとバレていないみたいだ。

 ジャスミンが座っていたベッドから勢いよく立ち上がる。

 そして、俺に近づき、両手で俺の頬を包む。


「そんなのどうでもいいのよ! シラン、何をやってるのか教えて」


 ジャスミンに至近距離で見つめられると俺は弱い。


「……はぁ。黙っててくれよ。じゃないとお互い殺されるからな。俺はわざと毎日娼館に通って遊んでいるフリをしている。わざと無能を演じているんだ」


 実際は遊んでいるけど。使い魔たちと。


「一体何で!?」

「そうしていたら、甘い蜜を吸ったり、この国に反逆しそうな者がすり寄ってくる奴もいるだろ? 俺を王に仕立てて傀儡国家にする貴族とか他国のスパイとか。そして、貴族たちを見極めるためでもある。おとり捜査だよ」


 何も間違ってはいない。全て本能のことだ。ただ、全部語ってはいないが。

 本当のことだからこそ、ジャスミンは更に深い事実を見抜けない。


「なんで私に教えてくれなかったの!? ずっと前から演じていたんでしょ? ねえ、なんでよ!」

「父上……国王陛下の勅命だ。適役が俺だった」


 国王の勅命と言われればジャスミンは引き下がるしかない。

 腑に落ちないが納得したようだ。

 正義感の強いジャスミンには納得しづらいことなのだろう。


「さて、知ってしまったジャスミンはどうしようか。暗部に口封じされるかもしれないな」

「ご主人様の女にしたらいいかと……あふぅぅぅん!」

「何故人の言葉を喋っているのかな、雌豚ちゃん?」


 俺のお尻の下の変態が気持ちよさでピクピクしている。とても嬉しそうだ。

 ジャスミンは顔を赤くしてもじもじしている。


「そ、その、シランがよかったら私は……」

「あっ、間に合ってます。娼館で女はより取り見取りなので」

「死になさい! このバカ王子!」


 ジャスミンの拳が顔面へと叩きこまれ、俺は再び鼻血を噴き出した。

 

「はぅう……ご主人様が羨ましい……」


 恍惚とした表情を浮かべる前に、俺の鼻血を治癒してくれませんかね?

 洒落にならない勢いなのでお願いします……。


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