第9話 父と母 (改稿済み)

 

 夜の薄暗い寝室。ベッドの上で裸の男性と女性。

 屈強な男と絶世の美女が愛を囁き合っている。

 ただいま絶賛愛の営みの真っ最中。

 いや、これからが本番のとても良いところらしい。


「ディー、愛してる」

「あなた、私もよ……と言いたいところなのだけれど、ダメよ。離れてくれる?」

「な、なにっ!? 何故だ!? ディー!? 今からが良いところだぞ!」

「いろいろあるのよ」


 と言って、裸の女性が覆いかぶさっていた男性を退ける。

 興奮してビンビンの男性はショックを受けたようだ。

 むしろ自棄になったように女性に襲い掛かる。

 しかし、裸の女性は抵抗し、男性を押しのける。


「だからダメなのよ」

「何故だ!? 俺の他に男でもいるのか!?」

「ええ。いるのよ」

「なん……だと!? 俺以外に男がいるだと!?」


 愕然とした男は、今すぐ剣を手にして斬りつけそうなくらい怒り狂っている。

 女性の衝撃の告白……みたいに聞こえるが、なんだか男女の間に齟齬が発生しているようだ。

 女性は男性の反応を見てキョトンとしている。


「あら? 気づいていないの? 相手は私の息子よ」

「ディーの息子……相手はシランだと!?」

「ええ。私の愛しい息子のシランよ」


 裸の女性がシーツを身体に巻き付けながら、暗闇の中を正確に俺のほうに視線を向ける。


「いい加減に出てきなさいな。親の情事を盗み見るなんていけない子ね。そんな子に育てた覚えはないわ」


 子供を叱りつける口調だ。

 何故バレるのだろう。何故母上はいつもいつも百発百中で気づくのだろう。

 闇を纏って気配を殺し、一流の暗殺者でも気づけない隠密なんだけどな。実に不思議だ。

 流石俺の母親、ドラゴニア王国第三王妃ディセントラ・ドラゴニアだ。

 俺は隠密を解き、姿を現す。


「よく気づきましたね。こんばんは母上。ついでに父上」

「はい、こんばんはシラン。母が息子に気づかないなんてありえないわよ。こんな夜にわざわざ来るなんて緊急なんでしょ? 私のことは気にせずお仕事をしてくださいな」


 母上は物分かりがいい。話が早いな。

 一応母上も俺が暗部だということは知っている。というか、すぐにバレた。母親って不思議な生き物だ。

 それに対し、父上は突然のことで驚き、固まっている。


「えっ? シラン? えっ? 何事だ?」

「しっかりしてくださいな、あなた。シランがお仕事で来たのよ。それに、子供の前でこんなことは出来ないでしょう?」

「えっ? ディーが密通している相手はシランなのではないのか?」

「失礼ね! 私はあなた一筋よ! どこに自分の愛しい息子と密通する母親がいますか! ここにシランが来たからダメって言ったの。続きはお仕事が終わってから」


 母上がウィンクしてから、父上をベッドから追い出した。

 裸でベッドから落ち、目の前に曝け出される父親のビンビンの身体。

 視界の暴力。見たくなかった。

 俺は父親の裸体から視線を逸らしつつ、近くにあったタオルを投げ渡した。


「お、おぉ。ありがとうシラン。それで? こんな夜に何の用だ? 折角の夫婦の時間を邪魔しおって」

「ちょっとご相談が」


 俺はリリアーネ嬢の誘拐計画の報告書を父上に見せる。

 読み始めた父上の顔が徐々に険しくなっていく。

 国王としての顔になった父上が鋭い目つきで俺を見る。


「ルーザー男爵家の報告書は?」

「これです」


 異空間から取り出したルーザー男爵家全体の報告書。

 報告書にはこれまで黙認されてきた悪事が全部書かれている。

 当主のほうは脱税、横領、賄賂、機密情報の漏洩。息子のほうは暴力、強姦、盗賊や人さらいへの資金提供などなど。

 貴族なら裏事も必要だが、ルーザー男爵家は流石にやり過ぎだった。

 自分の領地で何しようが多少見逃されるのだが、流石に国に対する脱税や横領はダメだ。


「これ以上はダメだな。息子はいろいろと領地で好き放題していたらしいが、とうとう父親まで横領や脱税に手を染めるとはな。改心の時間を与えていたが、残念だ。一族郎党、関係者、全て潰せ」

「御意に。では、すぐに動きます。全ての準備に数日は必要ですが」

「構わん」


 父上が任務の書類に国王の印を押してくれた。

 これで暗部が行う正式な任務になった。


「これで以上か?」

「はい。流石に貴族を潰すのは父上の判断が必要なので」

「ふむ。しかし、よりにもよって相手はリリアーネ・ヴェリタス嬢『神龍の蒼玉サファイア』か。シラン、本当に二つの宝石を娶らんか? 『神龍の蒼玉サファイア』と『神龍の紫水晶アメジスト』を」

「そうなったら俺、貴族からも国民からも殺されそうなんですけど」

「大丈夫だ! お前は死なんだろ!」


 機嫌よく笑う半裸の父上。

 ものすっごくムカつく。他人事だと思いやがって。秘密をバラそうかな。

 据わった目の俺に気づいたのだろう。父上が顔を真っ青にする。


「じょ、冗談だ冗談! 冗談に決まってるだろう、我が息子よ!」


 はぁ、とため息をついて俺は部屋を後にしようとする。が、母上との情事を中断させたお詫びをしたほうがいいだろう。ムードをぶち壊しにしてしまったからな。

 俺は虚空からピンク色の錠剤が入った瓶を取り出し、母上にバレないようにコッソリと父上に渡した。


「これを差し上げます。ファタール商会が取り扱っている夜のお薬です」


 俺の使い魔ファナが取り仕切るファタール商会が販売している精力剤。媚薬だ。

 その中でも最高級の夜のお薬を無料でプレゼント。

 これで、父上と母上も激しくて熱い濃密な夜を過ごせるだろう。


「こ、これは! 貴族でもなかなか手に入らないモノではないか! いいのか?」

「ええ。父上と母上たちは仲睦まじいので必要ないと思っていましたが、邪魔したお詫びとして差し上げます。父上が一粒飲めば、夜は無敵です。体力回復効果もあるので。母上に飲ませると、思いっきり乱れます。その代わり、搾り取られますが。お互いに飲むと、忘れられない夜になるでしょう」

「ゴ、ゴクリ……」


 父上の視線がピンクの錠剤が入った瓶から離れない。

 しかし、お薬は用法用量を守らねばならない。


「物凄く効くお薬ですが、絶対に一晩二粒以上飲まないでください。これだけは絶対に守ってください」

「……飲んだらどうなるのだ?」

「二粒飲まされたんですが、俺でさえも死にそうになりました。快楽なんてありません。精力が強すぎて相手を襲って発散しないと死ぬほどの苦痛を味わいます。もう必死でしたよ。最後には使い魔全員が命乞いしてました」

「そ、それほどなのか!? 肝に銘じておこう……」

「お願いします」


 コソコソ話を終える。父上はとっておきの精力剤が手に入って嬉しそうだ。

 俺は裸体にシーツを巻いている母上に話しかける。


「母上、夜分遅くに失礼しました」

「あら、いいのよ。お仕事なんでしょ」

「はい。この仕事が終わったら会いに行きますね」

「わかったわ。お茶の準備をしておくわね。そうだ。そろそろお化粧水とかが無くなりそうなの。届けてくれるかしら?」

「わかりました。明日ファナに届けさせます」

「それと、アンドレアとエリンも欲しがっていたわ。二人にもお願いできる?」


 アンドレアとエリンとは第一王妃と第二王妃である。

 父上には三人の王妃がおり、三人の母上たちはとても仲が良い。

 俺はファナのファタール商会を通して化粧用品を売っている。その化粧品は他の使い魔が開発しているのだが。

 そして、化粧品の試作品をモニターとして母上の侍女に渡しているのだ。

 母上の他には幼馴染のジャスミンにもあげているが、もちろん、彼女たちの体質に合わせた最高級の特注品を渡している。


「う~ん。母上には母上の体質に合うものを特注で作っていますからね。アンドレア母上やエリン母上に同じものを贈るわけにはいかないんですよ。数日後、時間ができたら伺います、とお伝えください」

「私の侍女たちが使っているものは無いの? あれだけでもすごい効果なのだけど。城の中で有名よ」

「母上たちの体質に合うかどうかわからないんですよね。まだ試作品なので。母上たちは王妃なので、万が一のことがないようにしないといけないんです。それに、逆に肌荒れしたくないでしょう?」

「……それもそうね。もう少し待っててもらうわ」


 早く仕事を終わらせないとな。美を追求する女性たちは恐ろしい。

 城の中で有名ということは、俺が関係しているとバレたら暴動がおこりそうだ。

 俺の使い魔が作っているのは母上の侍女たちも知らない。バレないようにしなければ。

 クイックイッと俺の服が引っ張られた。


「シラン、何の話だ?」

「女性の美の話です。父上も美容液を使います?」

「……考えておこう」


 男だっていつまでも若々しくて格好良い姿でいたいのだ。

 今度コッソリ父上にも渡しておこう。

 やることはやったし、そろそろお暇するか。

 これ以上夫婦の時間を邪魔するわけにはいかない。


「では、そろそろ帰りますね。母上、おやすみなさい。ついでに父上も」

「はい、おやすみなさい。シラン、程よく頑張りなさい」


 無理をしないで、頑張りすぎるな、と言わず、程よく頑張れ、というのが母上の良いところだ。何故かいつも安心してやる気が出てしまう。


「ありがとうございます。それに俺の周りには俺をダメ男にしたい女性がたくさんいますからね。ちょっとは頑張らないと男としてのプライドが……」

「ふふふ。シランの周りにはみんな可愛らしい娘ばかりだものね。でも、使い魔たちだけじゃなくて、人間の女の子にも目を向けないとダメよ!」

「……頑張ります」

「よろしい! ではシラン、良い夢を」

「母上も良い夢を。父上は……どうでもいいですね」

「な、何故だぁぁあああ!」


 父上が何か叫んでいる気がしたが、俺は気にすることなく影に飲み込まれていく。

 俺がいなくなった後で母上に縋りついて甘えるだろう。

 母上、父上を頼みました!

 俺が闇に消える前に見えたのは、母上が手を振りおっとりと微笑む姿と、血の涙を流している父上の姿だった。




 後日、プレゼントした精力剤のことで父上から感謝された。

 忘れられない夜が続き、夫婦仲がもっと良くなったらしい。


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