第5話 娼館へ (改稿済み)
「ソラ、ハティ行くぞ」
「はい」
「はーい! 行きましょー」
俺はメイド服を着たソラと銀狼の獣人に変化したハティを両手に花の状態で街を歩く。
ソラやハイドはもちろんのこと、ハティのような使い魔も大抵人型をとれる。
今のハティはすらっとした美人で、銀色の狼の耳と尻尾が生えている。胸は大きい。
ソラが神のごとき美貌なら、ハティは人懐っこい笑みを浮かべた美人だ。俺の腕にスリスリしている。
昼は寝ている
現在は夜。俺たちは毎日通っている娼館へ向かっているのだ。
「ジャスミン様から逃げてきましたが、よろしかったのでしょうか?」
ソラが上目遣いで聞いてくる。
「いいのいいの。逃げないと止められるから。ジャスミンってしつこいからなぁ……うおっ! 何やら寒気が……」
「ご主人様風邪引いたー?」
「違うぞハティ。勘のいい誰かさんがイラッとしただけだぞ」
本当にジャスミンったら勘が良すぎだろ。悪口も言えない。
俺はソラとハティを伴って街を歩く。夜だというのに街には活気がある。
特に酒場や娼館が賑やかだ。
目当ての娼館に向けて歩いていると、ソラとハティの美しさに視線が集まり、その間にいる俺にも必然的に注目を浴びる。
「おっ? 何だあの美人は? チッ! 男連れか……」
「待て、アレはシラン王子殿下だ」
「シラン王子殿下? あの夜遊び王子の?」
「無能王子は今日も娼館通いか」
「王子という身分でメイドを喰い散らかしているのか。それに加えて娼館の女たちも」
「俺たちの税金を何だと思っている!」
「そうだそうだ! この国の恥!」
「しっ! 声がデカいこのバカ! でも、羨ましいぜ、あんな極上の女を引き連れて。毎回女が違うんだぜ。バカ王子が捨てた女を欲しいぜ。おこぼれでもくれねぇかな?」
コソコソと民が悪口を言ってるな。耳がいい俺は全て聞こえているけど。
ハティがむぎゅっと抱きついてきて、巨乳に俺の腕が埋まって気持ちいい。何という至福の感触なんだ!
「ねえねえご主人様ー? 殺していいー? こいつら殺していいよね? 殺すよ?」
のほほんと人懐っこい顔をしながら物騒なことを口走るハティ。
俺の使い魔たちは血の気が多い。
反対側にいるソラは綺麗に微笑みながらも目は一切笑っていない。そこらの暗殺者よりも冷たい瞳をしている。
「はーい。二人とも落ち着け。今から楽しい楽しい時間なのに血の匂いをさせないでくださーい」
「ご主人様がそうおっしゃるのなら仕方がありません。ですが、今日の私たちは止まれませんよ? 一睡もできないことを覚悟してください」
「だよねだよねー。私たち獣ですから! 搾り取るよー!」
「うん。わかってる。その前にやることを終わらせるぞ」
「はい!」
「はーい!」
うむ、良い返事だ。
俺はソラとハティに急かされるように、少し早歩き出歩く。
民の視線を集めながら、ようやく今日の目的地が見えてきた。
俺がよくお世話になる王都で一、二を争う超有名な娼館『カーミラ』だ。
いつも賑わいを見せているが、今日は少しだけ様子が違う。
何やら戦いの前の緊張感が感じられる。
「何があったのでしょう?」
「さあ?」
「んー? 近衛騎士団がいるよ」
「はぁ!?」
よく見れは、店の入り口に鎧を着た人が大勢いる。
見覚えのある鎧。近衛騎士団に所属する騎士が着用する鎧だ。
娼館の前で集まって何をしているのだろうか? みんな遊びに来たのか?
集まっている近衛騎士団の中心付近から、聞きなれた女性の大声が飛んで来た。
「シラン王子殿下は絶対にここへ来るわ! 総員! 即座に捕らえなさい! 幼馴染である私が許すわ!」
当然声の主はジャスミン。近衛騎士団の団員を上手くまとめている。
彼女の隙を見て抜け出してきたのに先回りされている。
流石俺の幼馴染。侮れない。
というか、俺の捕縛を幼馴染だから許すって何だよ。
「ご主人様どうします?」
「蹴散らすー?」
「う~ん。出来るだけバレないようにしたいなぁ。隠密行動……してもバレるから、逆に堂々としていたらバレないかな? あのおっかない幼馴染様にバレたら絶対にボコボコにされる。あっ!」
目が合った。遠く離れて人込みに紛れ込んでいる俺をジャスミンの紫色の瞳が捉えた。
俺たちを指さして大声をあげる。
「いたわ! あそこよ! 捕まえなさい!」
近衛騎士たちが俺たちに向かって走り寄ってくる。
どうしよう。捕まったら面倒くさいことになる。それに、娼館に行かなかったら予定が狂う。
こういう時は……
「よしっ! 逃げるぞ!」
俺はソラとハティを連れて一目散に逃げだした。
ふふふ。幾度となく抜け出してお忍びであちこち行っているのだ。
近衛騎士団よりも土地勘はある。絶対逃げ切ってやる!
「こら! シラン待ちなさい!」
うわー。ジャスミンが先頭をきって猛然と追いかけてくる。
魔法の風を纏って、時には建物の壁を走って加速している。
俺の隣を走るハティは子供のようにはしゃいでいる。
「追いかけっこだー!」
「ハティは楽しそうだな!」
必死で逃げながら暗い路地へと入り込み、闇に向かって叫ぶ。
「ハイド! 俺たちを娼館カーミラの中に飛ばしてくれ! このままだと任務に支障をきたす!」
「かしこまりました」
闇の中からハイドの渋い声が聞こえ、辺りの闇が一層濃くなる。
その闇が俺たちを包んだかと思うと、次の瞬間には豪華な部屋にいた。
娼館『カーミラ』の秘匿された部屋。許可なきものは立ち入ることができない秘密部屋。
俺が行く予定だった部屋だ。
ハイドは闇や影を自由自在に操り、影から影へと転移させる能力がある。
転移した俺たちの目の前には、転移先の影の持ち主である金髪で紅い瞳を持った美女がいる。
「あらあら? どうしたのかしら、あなた? 外が騒がしいけれど?」
「やあファナ。ジャスミンが待ち伏せしてたんだ。逃げ回ると任務に響くからハイドに送ってもらったんだ」
「なるほど。そういうことね。ということは、今夜は近衛騎士団が街を走り回っているのね? どうする? いろいろと変更する?」
俺の使い魔の一人、吸血鬼のファナが真っ赤な唇を吊り上げ妖艶に微笑む。
俺は首を横に振り、身体に冷たい殺意を纏わせる。
「いや、このまま計画通りに進める。さてと、お仕事の時間だ」
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