第15話 決まり事

帰りに哲也を誘う。

俺としては珍しいことなのに、何だか哲也は余裕があるみたいな笑みを浮かべてるので、ちょっとムカつく。

別に哲也のことは、嫌いになった訳じゃない。

中学の文化祭で美澄に歌わせた一件以来、関係はギクシャクしてるし、一緒に遊んだりはしなくなったけど、大切な存在であるのは確かだ。

「葉月のことか?」

先回りされるのも少し腹立たしい。

誰よりも葉月のことを知っているのは俺でありたいが、現状では哲也の方が詳しいのだろう。

「まあそれもあるけど、たまにはいいだろ?」

「俺はいつでも構わんのだが、和真がなぁ」

まるで俺がいつまでも小事にこだわってるみたいに言う。

でも確かにそうなのかも知れない。

当の美澄は哲也を恨んでいる様子は無いし、葉月だって親しくしている。

美澄も葉月も傷を負いつつ前に進んでいるのだとしたら、俺は子供のままで取り残されていると言えなくもない。


海を見ながら駅への坂道を下る。

沖合にタンカーが見え、どこから来てどこへ向かうのだろうなんて考えた子供の頃を思い出す。

「なんだ、葉月も一緒に帰るのか?」

哲也の声に振り返ると、いつの間にか葉月が俺達の後ろを歩いていた。

「帰る時間と方向が一緒なだけでしょう?」

哲也が、いいのか? という顔を俺に向けるが、俺に拒めるはずもなく、うなずくしかない。

二人の筈が三人になったので、

「もう少しゆっくり歩こう」

とだけ言っておく。

「判ってる」

その返事で、ああ哲也だ、と思う。

俺の意図を瞬時に理解する、幼馴染なんだと実感する。

「やっぱ和真だなぁ」

俺が思ったことと同じことを哲也が口にした。

そう言って浮かべるてらいの無い笑顔が、嬉しいような口惜しいような想いを連れて来る。

何年経っても、幼馴染は変わらないのだろうか。


駅に着いた時に、ちょうど美澄が追い着いた。

俺が教室を出るときには美澄はまだ残っていたし、美澄の歩くペースは四人の中で一番遅い。

十六時台の電車には間に合わなかったが、三人一緒なら、残り一人を外す訳にはいかない。

三人では行動しない。

話し合って決めた訳ではなく、いつの間にか出来上がっていた決まり事だ。

それが、まだ当たり前のように有効だったことが嬉しい。

美澄は少しだけ驚いた顔をして、四人一緒を意味する、両手の人差し指と中指を合わせる動作をしてニコッと笑う。

まるで二組のカップルを表すみたいで恥ずかしい。

でも、すぐに全ての指を合わせて、ぺこりと頭を下げる。

──ありがとう。

俺は美澄の頭をポンポンと叩く。

「なっ!?」

「おいっ!」

二人が驚いたような批判的な顔をするものだから、俺と美澄は顔を見合わせる。

美澄は苦笑して、俺はきょとんとしていたと思う。

でも、美澄の両手の小指をからめる仕草で、誰も次の言葉を口に出来なくなったみたいだ。

──幼馴染だからね。

にこっ。

美澄が笑えば、俺達のいさかいは沈静化する。

ずっと、いつも、これからもそうであればいいなぁ。


次の電車まで、一時間近く待たねばならない。

ホームに人影は少なく、俺と哲也、葉月と美澄が背中合わせにベンチに座る。

「葉月のことなら何でも訊いてくれ」

真横から届く声。

「おかしなこと言ったら承知しないわよ」

真後ろから届く声。

そのやり取りだけで、二人の親密度が判る。

「俺のことなら何でも訊いてくれ」

つい張り合ってそんなことを言ってしまうが、全然張り合えていない。

「ホントに!?」

え? 真後ろから思わぬ食い付きの良さ。

「あ、ああ」

いったい何を訊かれるのだろうと身構えるが、葉月は何も言わず、哲也に目配せした。

「自分で訊けよ、ったく」

哲也はそう言いながらも、身体を俺の方に向けた。

「一昨日の土曜日、女を家に連れ込んでたらしいな」

「……」

「私、見たんだから!」

追及してくるなら最初から葉月が訊けばいいのに。

というか、追及されるようなやましいことは何も無いし。

「女っていうか、真那だよ。哲也も知ってるだろ? あのヤンキーっぽい子」

「女じゃないか」

いや、まあ確かに。

「美澄を驚かそうと突然やってきたみたいなんだが、美澄が留守だったから、あの辺をウロウロしてて」

「ウロウロしてたら家に誘い込むんだ?」

なにその悪意に満ちた解釈。

「まあでも、クラスメートがあんなところウロウロしてたら、声くらい掛けるよな」

ナイス哲也、その通りだ。

「……たし、その日……家に……たよ?」

え?

躊躇いがちに口を挟んだ美澄だが、その発言は由々しき事態を招きかねない。

「どういうことよ!」

ほら。

「ああ、美澄の声……」

哲也はもうダメだ、使い物にならない。

全身で浴びるように美澄の声を吸収して、顔はもはや恍惚こうこつの域に達している。

まあ単なるアホ面だが。

「まさかあの女、最初っから和──」

「ん?」

「か、数撃ちゃ当たる的な?」

「真那が手当たり次第に男に声を掛けてるってか?」

「そ、そうよ」

「アイツは寧ろ男とは喋らない方だろ。同じクラスなんだから判るだろ?」

「うぅ」

「多分だけど、真那は美澄の描いた地図を頼りにしてたみたいで」

「ああ、それなら」

「なるほど、違う家を訪ねてた訳か」

あれ? まだ説明の途中なのに納得してもらえた?

「で、たまたまその家が留守だったってことね」

「でも表札見なかったのかなぁ」

「文字が消えかかってる家もあるし、そういうこともあるんじゃない?」

哲也と葉月は、もう美澄の地図が原因であることを疑っていない。

真那の目的は美澄の家に行くことであり、たまたま留守宅の他人の家を訪問、その後、更に彷徨さまよっていたところを俺に発見される、というストーリーが出来上がってしまった。

いや、俺もその説が正しいとは思うけど、ちょっと美澄が可哀想な気が。

「……しょん……ぼり」

小さな声で美澄がそう呟くのを、たぶん俺だけが聞いていた。



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