第7話 みのりちゃん先生
放課後に葉月と前原の席を入れ替え、ついでに葉月の席に座ってみる。
ちょっとウキウキしながら、やがて切なくなる。
自分の席より、たった一つ前なだけなのに、何故か随分と風景が違って見えた。
いや、外の風景も黒板も、ほんの少し見える角度が変わっただけなのだが、まるで葉月の目を借りて見ているみたいに、いつもと違ったものに映った。
俺が勝手に、見える風景に葉月の心情や内面を投影しているだけなのだろうけど、そしてそれは、単なる想像に過ぎないのだけれど、どこか寂しい風景となって描かれる。
朝に磯崎が座ったイスの上書きのつもりだったが、ただ好きだという気持ちが上乗せされただけだった。
職員室に寄り担任に席替えの報告をした後、コピー機を借りて今日の授業分のノートをコピーする。
「日野君」
「なんすか、水原先生」
「それ、三島さんに?」
「そうです」
今まであまりちゃんと見たことは無かったけど、思案顔になった先生は綺麗な顔立ちをしていた。
「正直なところ、あなたに任せていいのかなって思ってるのだけど」
「それはどっちの意味で?」
俺に負担をかけることを言っているのか、それとも、葉月にとって良くないと思っているのか。
「両方ね」
まあ俺の負担はともかく、孤立しているからといって幼馴染に任せるというのは教師としては歯がゆいところかも知れない。
「でも、あなたに任せたことで、藤堂さんは神崎さんや大川君とも仲良くなってくれたみたいだし──」
「真那と政太がいい奴らってだけで、俺は関係無いっすよ」
冷たい印象の先生が、珍しく笑顔を見せる。
「あなたも藤堂さんも、いい奴らだったわけよ」
「……」
「きっと三島さんもいい人の
「いえ、教師として素晴らしい判断能力だと思います」
「本当は、三島さんを傍に置いておきたいだけじゃないでしょうね?」
口許の笑みと、睨むような視線。
意外と茶目っ気があるようにも、やっぱり大人のようにも見える表情だ。
「傍にいた方が守りやすいので」
先生は冗談っぽく訊ねたが、俺は真面目に答えた。
「……あなた達の中学から、色々と報告はもらってるのよ」
どこまで知られているのだろう?
葉月に言い寄る先輩、ブチ切れた同級生、彼女がいたのに葉月に惚れた奴、彼氏を取られたと思い込んで逆上した女、ホント、アイツはトラブルメーカーだ。
それらを、葉月にバレないように処理するのは骨が折れる。
謝り倒したり、時には暴力も使ったり。
何より、まずは察知しなきゃならないから、常に目を光らせておかなければならない。
俺みたいなストーカーが、他に現れないとも限らないわけだし。
「面倒なことが起きそうになったら、まずは先生に相談すること」
それだと手遅れになることもあるし、何より解決出来ないことが多そうな。
「中学と違って義務教育では無いの。暴力沙汰になったら停学や退学もあるのよ」
だからそれをバレないようにするのが俺の仕事であって。
「そんなことになったら、いちばん悲しむのは誰かを考えなさい」
「……オカン?」
「違うわよっ! いえ、お母さんも悲しむでしょうけど、話の流れ的にね、ほら、判るでしょ?」
「……オトン?」
「今までの話に父親が出てくる要素がどこにあったのか原稿用紙百枚に話を広げて書いてきなさい」
話を
さすが文芸部の顧問をしている現国教師だけのことはある。
「まあそれはともかく、神崎さんもね、アレだしね、でも最近はアレでしょ?」
「真那はヤンキーで素行に問題があるけど最近は少し丸くなった?」
「そこまで察しがいいのにさっきの解答は何なのよ!」
この先生、意外とノリがいいなぁ。
「だから、三島さんも上手く化学反応って言うか、あなた達と触れ合うことで、いい方向に進んでくれることを期待しているの」
「俺は葉月さえ傷付かなきゃ何でもいいので」
「ちょっと、そんな自己中なこと言わないでよ」
「いや、自己中じゃなくて葉月中なんですが」
「けっ、恋愛脳かよ!」
この先生、意外と親しみやすいなぁ。
「とにかく、三島さん中心の考えでもいいけど、それだと尚更のこと彼女を悲しませることなく、彼女が楽しい学校生活を送れるようにしなきゃでしょ」
なんか上手く纏めやがった。
でもまあ、俺は元々そういう考えで行動しているのだから、素直に返事をしておこう。
「判りました」
「よろしい」
満足げだ。
でも少しだけ寂しげな口許にも見える。
「何となくだけど」
「はい」
「あなた達が羨ましいわ」
「これ以上、問題児の面倒は見切れませんが」
「誰が問題児よ!」
今度から、この先生のことは下の名前で「みのりちゃん先生」と呼ぶことにしよう。
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