第5話 元ナチス党員だった首相キージンガー
政権獲得、首相の座の獲得に編みだした奇手とは?
今やドイツでは誰も驚かない、大連立であった。議場の90%が与党議員、野党議員は残りの10%でしかないというものであった。
クルト・ゲオルク・キージンガー(1904年―1988年)CDU
首相在任: (1966年12月―1969年10月)。アデナーワーはキージンガーの指導力を疑問視して、この連立政権を危惧したが、3年間持たせた。
生い立ちと経歴
1904年ドイツ帝国ヴュルテンベルク王国(現在のバーデン=ヴュルテンベルク州)と云った時代のエービンゲンに生まれる。父はプロテスタントの商人だったが、1歳の時に亡くなった母がカトリックだったため、カトリックの洗礼を受ける。
ベルリン大学卒業後,弁護士を開業。1933年、ナチ党の権力掌握にあわせて入党する。しかし〈長いナイフの夜〉*で行われた政治的テロを目にして、ナチスの危険性を悟って距離を置いたため、その圧力を受けた。やがて第二次世界大戦が始まったが、武器を手にとることを避けるために1940年から外務省ラジオ宣伝部に勤務する。仕事の性格上、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスとの付き合いがあった。戦後、戦争責任を問われ、非ナチス化法廷の判決を受け、数ヶ月間収容所に投獄された。この経歴はのちのちまで批判されたが、1966年に公表された親衛隊の文書では、彼が反ユダヤ主義の宣伝を拒んでいたことが証明された。
*突撃隊(SA)はナチス党の私兵部隊であった。隊長のエルンスト・レームがヒットラーに対抗する勢力を持てきたので、ヒットラーが突撃隊の下部組織親衛隊(ゲーリング)を使って突撃隊幹部を粛清した事件。
1949年CDUの連邦議会議員に当選、1954年から1959年まで、連邦議会外交委員長。連邦議会ではその弁舌で鳴らした。しかしいつまで経っても閣僚のポジションが与えられないため、58年バーデンウュルテンベルク州首相に転じる。州首相として実績を上げ、その間1年間連邦参議院議長を務めた。ドイツの参議院は選挙ではなく州の首相や閣僚で構成される。FDPの離脱からエァーハルト政権が崩壊。その後の党首選で、キージンガーはライナー・バルツェル幹事長やゲアハルト・シュレーダー外相という有力者に勝利し、党首の座を獲得。新首相候補としてFDPとは経緯から連立を組めず、キージンガーはSPDを何とか説得して増税案の同意を得て大連立に成功。議場は議席の9割が与党、野党はFDPの1割という異常な光景を見せた。
しかしナチスで働いた経歴があるキージンガーの首相就任に対する拒否反応は大きく、哲学者カール・ヤスパースなどはスイスに国籍を変更したほどである。また、1968年11月のベルリンのCDU党大会で左派のフリージャーナリストである女性に「このナチ」と罵倒されて平手打ちを喰ったのは有名な話である。
SPD党首のブラントを副首相兼外相に据えて東方外交を展開し、社会主義圏のチェコスロバキア、ルーマニア及びユーゴスラビアと外交関係を樹立した。こうしてオール与党体制のもとで経済の復調が図られたが、1967年から68年にかけてオール与党体制に不満を持ち、変革を求める学生運動や労働運動が激しく起こった。68年は、ベトナム反戦運動や5月のパリの五月危機に代表されるように、世界中でスチューゼントパワーが吹き荒れた年であった。特に政権が打ちだした非常事態法(国防軍を治安出動させる法案)は、戦前の大統領非常大権を想起させ、キージンガーの過去とも結びつけられ、反対運動が議会外反対派(議会内で反対党が存在しなくなったためこのように言われた)として反政府活動を展開した。これをキージンガーは力で押さえつけた。
1969年連邦議会選挙ではCDU/CSUは242議席と第1党を維持したが、SPDは躍進、224議席を確保した。これに対し、大連立で存続の危機にさらされた野党FDP議席阻止線の5%をかろうじて上回る5.8%となって議席を保持した。FDPは辛い野党時代に懲りたのか、SPDの東方外交に理解を示した。こうしてブラントを首相とするSPDとFDPの連立政権が発足することになった。
キージンガーのSPDとの大連立は、SPDが現実的な政権運営が可能な政党に脱皮する契機となった。キージンガーはSPDに政権担当の予行演習の機会を与えてやったたことになる。アデナウワーの時代は西側同盟強化に費やされたが、SPD党首のブラントを副首相兼外相に起用したことによって東方外交を行えたことは後の統一に向けて意義あることであった。
キージンガーは、その後野党としてのCDUを1971年6月まで率いた。1980年に連邦議会議員を引退するまで、雄弁家として鳴らし、「銀の舌をもつ首長」と称された。一方で彼が首相に就任したことは、戦後の西ドイツが第三帝国の過去を清算出来ていない実例として、現在に至るまで左翼の攻撃の対象となっている。
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