第9話 聖力と魔力
「やっぱりルクシアの淹れるお茶は美味しいわね」
「ですよね!」
訓練場の中央にテーブルが置かれ、椅子に座った母さんと俺の専属メイドのハンナが優雅にお茶をしている。
そして、俺は給仕をしている。
いや、俺、公爵家の長男なんだけど。後継ぎなんだけど。魔法を教えてもらいたいんだけど!
「あの~? 母さん? 魔法を教えて欲しいのですけど…」
「あら? 少しはゆっくりしてもいいじゃない。折角ルクシアが騎士学校を辞めてお茶を淹れてくれたのよ。訓練馬鹿の誰かさんは私と全然お茶してくれなくて寂しかったわ」
「うぐっ! ………………ごめんなさい」
母さんの寂しそうな顔を見て俺は謝るしかなかった。
剣帝である父さんの息子という立場があったから、あらゆる時間を剣の練習に費やしていたのだ。
母さんとのこういう時間は無理やり連れ去られて命令された時だけ。
偶には親孝行でもするか。
俺は大人しく母さんとハンナの給仕をする。
「って、なんでハンナもいるんだ?」
「ご主人様は知らないんですか? アリシア様とはお茶親子なんですよ」
「そうなの! ハンナちゃんはお茶娘よ!」
「「ねー!」」
し、知らなかった。
そういえば、時々母さんとコソコソしていたな。お茶会していたのか。
って、お茶親子ってなんだよ! お茶娘って何だよ!
お茶友達は聞いたことあったけどお茶親子なんて聞いたことないぞ!
二人は優雅にティーカップと湯飲みを傾け、クッキーやマカロン、羊羹や饅頭を食べている。
母さんと比べるとハンナって好みが渋いな。
まあ、俺も緑茶と羊羹とお饅頭のほうが好きだけど。
しばらくして、紅茶を飲んでいた母さんが口を開いた。
「さてと、ルクシア。あなたは聖力と魔力の違いを知っているかしら?」
「えーっと、聖力は神聖な聖の力で、魔力は邪悪な力としか…」
「まあ、一般的なのはそうでしょうね。まず、聖力と魔力ははぼ一緒のモノよ。ただ、エネルギーが正反対なだけ。聖力がプラスのエネルギーで、魔力がマイナスのエネルギーってだけよ。聖力は身体能力の強化や回復に特化していているの。近接戦闘向けね。逆に魔力は攻撃に特化しているのよ。大規模破壊とか、主に遠距離攻撃向け」
なるほどなるほど。流石邪悪なる魔帝。破壊神と呼ばれた母さんだな。
大規模破壊とかとても説得力がある。
考えただけなのに母さんからのジト目が…。勘が鋭いな。
「なんだかイラッとしたわ。まあ、いいわ。聖力と魔力は正反対の力。同じ量の力なら打ち消し合う。でも、どちらかの量が多かったら、どうなると思う?」
「………普通に多いほうが勝つんじゃないか? だとすると、神聖なる聖力が邪悪なる魔力を打ち滅ぼすって言われているのは、ただ聖力のほうが多かっただけってことか?」
「そういうこと。魔力はマイナーだから、あんまり鍛えようとする人がいないのよ。それに、昔から悪だって言われているし」
そういえばそうだな。魔法自体が邪悪と言われているのに、魔法を極めたという魔帝も邪悪なる存在って言われてるから。
まあ、実際の魔帝は今目の前で優雅にお茶してるけど。
「魔力は聖力と違っていろいろなことができるのよ。火を熾したり、水を生み出したり、土も風も光も闇もいろいろと」
「んっ? それは聖力でも出来るよな?」
「種火を熾したり、手を洗ったり、簡単なことはね。でも、それなりに魔力を使えば町を燃やせるわ。洪水だったり、爆破させて山を吹き飛ばしたり、クレーターを作ったりも…」
理解した。いろいろと理解した。
膨大な聖力を持つ父さんの聖力を全部使ったとしても町を燃やすことは出kないはずだ。
精々キャンプファイヤーくらいか?
でも、大規模破壊に向いている魔力を使えば町全体を燃やすことができるのか。
まあ、言っているのが魔帝というぶっ飛んだ母さんだから、普通の量の魔力を持った人はそんなことできないだろうけど。
母さんによる魔力の講義はまだまだ続く。
「本当はね。聖力も魔力も生物なら全員両方持っているの」
「はっ? 両方?」
「そう、両方よ。でも、ほとんどの人はどっちか片方しか使えないの。極々まれに両方使える人もいるらしいわ。国に一人か二人いるかもしれない、という確率だけれどね」
なんだか頭が混乱してきた。
生物なら聖力も魔力も両方持っている?
じゃあ俺も聖力を持っているのか?
使えないのに?
「さっき言ったでしょう? 聖力と魔力は正反対の力。切っても切り離せない関係なの」
「私とご主人様の関係みたいに!」
「ハンナ。俺の分の羊羹をあげるから、しばらく黙っててくれ」
「はーい!」
茶々を入れたハンナに羊羹を差し出し、俺は母さんの話を真剣に聞く。
ハンナは幸せそうに羊羹を食べ始めた。可愛い。
っと、ハンナに見惚れている場合じゃなかったな。
今は母さんの講義を聞かなければ。
「夫のアークみたいに膨大な量の聖力を持っていたら、その聖力と同じ量の魔力を持っているのよ。アークには魔力は使えないけれど。これはソマリアちゃんも同じ。逆に私とルクシア、そしてハンナちゃんは膨大な魔力を持っていて使えるけれど、同じ量の聖力は一切使えないわ。本当になんででしょうね?」
ふむ、なんでだろうな?
これは母さんでもわからないのか。
あれっ? そういえば、ハンナの名前も出てこなかったか?
ハンナは魔力を操れる体質なのか。俺と同じなのか。ちょっと嬉しいかも。
「母さん? 聖力過多症って言葉を聞いたことあるんだけど、それって体内の聖力と魔力のバランスがおかしいってことなの? もしかして、聖力が多くて魔力が少ないとか?」
「よく気づいたわね。ええ。その通りよ。逆に魔力過多症もあるわ。この場合は聖力が少ないの。聖力過多症は、聖力を使って減らし、体内の聖力と魔力のバランスを同じにするか、逆に魔力を他の人から補充してもらってバランスを取ると一時的に治るわね。魔力過多症はその逆。まあ、それを定期的に行わないといけないのだけど」
なるほど。聖力過多症と魔力過多症の治療法か。覚えておこう。
母さんがティーカップを傾け、優雅に紅茶を飲んだ。
そして、ティーカップを置くと、俺と同じ色の紫の瞳で見つめてきた。
「導入部分はこんな感じね。後は”習うより慣れろ”よ。体で覚えてもらいましょうか」
母さんの口元には楽しそうな笑みが浮かんでいる。
おっとりとした笑みだが、何故か俺の背中がゾクゾクする。
舌で唇をチロリと舐めた母さんから嗜虐的な雰囲気がしたのだが、気のせいだろうか?
まあ、気を引き締めて頑張るとするか。
その後、俺は気のせいじゃなかったことを理解した。
俺は地獄に落ちた。
ちなみに、俺の専属メイドのハンナは俺の分のお饅頭まで食べていた。
羊羹はあげたけど、お饅頭はあげてない!
俺のお饅頭返せ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます