第3話 魔帝
「………………母さん、今なんて言った?」
俺は静かに母さんに問いかけた。
「あらっ? ソマリアちゃんはアークの剣帝の才能を受け継いで、ルクシアは私の魔帝の才能を受け継いでいるって言ったのだけど……何かおかしかった?」
「おかしいでしょ! おかしすぎるでしょ! 母さんが魔帝!? 父さんが打ち滅ぼした邪悪なる魔帝!? 冗談はやめてよ!」
「冗談なんかじゃないわよ。私はれっきとした魔帝と呼ばれた存在よ。まあ、実際は魔法が使えたただの女の子だったのだけど。両親が小さい頃に死んじゃって、生きるために強くなるしかなかったのよ」
そんな話、今、初めて聞いたんですけど!
「私、冒険者をしていたのだけど、ちょっとやんちゃしちゃって、依頼をこなすために山の一つや二つ………十個やニ十個吹き飛ばして、クレーターを一つや二つ………百個や二百個作り出したら、周りから魔帝って言われ出しちゃってねぇ。大変だったわぁ。破壊神とも呼ばれてたわねぇ」
「破壊神!? 山を十個やニ十個吹き飛ばしたり、クレーターを何百個も作ったらそりゃそうなるだろ!」
うふふ、と懐かしそうに笑う母さんに俺はツッコミを入れる。
普段はおっとしと大人しい母さんがそんなに暴れていたなんて信じられないな。
「それで、国にも私の実力が伝わって、この国の先代の皇帝に呼び出されたのよ。国に仕えろって」
まあ、山を吹き飛ばしたりクレーターを作ったら呼び出されるだろうな。
国家戦力として申し分ないから。
でも、俺はまだ母さんが魔帝だなんて信じられない。
「で、行ってみたのはいいけれど、私って美しいじゃない? 先代の皇帝に自分の妻にしてやるって超上から目線で命令されたのよ。先代の皇帝はその……超太ってて、油でギトギトしていたのよ。生理的にも無理だったし、嫌悪感しかなかった私は、城ごと吹き飛ばしちゃった♡」
母さん、何可愛くテヘペロしてるんですか……。年齢を考えてください。
見た目は若々しい母さんに似合っているけれども!
というか、気に入らなかったからといって城ごと吹き飛ばさないでよ!
そりゃあ邪悪なる魔帝って呼ばれるよ!
「えっ、じゃあ、邪悪なる魔帝が城に乗り込んで爆破したっていうのは…」
「フラれたデブ……おっと、先代の皇帝が流したデマよ。乗り込んだんじゃなくて呼び出されたの。まあ、爆破したのは事実だけど」
母さんが可愛らしくウィンクする。
おぉう…母さんの口からデブという言葉が出てくるとは…。
今日、母さんに対する今までのイメージが崩れ去っているんだけど。
「私は当然逃げた……というか、家に帰るために堂々と正門から出たのだけど、追手が来たから、軽く吹き飛ばしたの。そしたら、周囲の建物も簡単に吹き飛んじゃったのよねぇ」
「帝都を破壊したっていうのはそういうことかよ…」
「で、結局剣の才能も聖力の才能も飛びぬけていたアークとその仲間たちが私を追ってきたの」
「当時皇子だった現皇帝陛下と現王妃殿下、そして、現冒険者ギルドのギルド長」
「そうそう。思ったよりもすぐ追いつかれたわね」
母さんはとても懐かしそうだ。
噂が真実なら、父さんと母さんは一カ月間の間、一進一退の攻防を続けていたはずだ。
「アークと出会った時、びっくりしたわぁ」
「斬りかかられたの?」
「いえ、プロポーズされたわ」
「はぁっ……?」
俺はポカーンと口を開けて呆然とする。
噂では物凄い戦いになったはずなんだけど……プロポーズ?
父さん何やってるの?
「俺と結婚してくださいって。私も即オーケーしたわ。だってあんなに熱烈なプロポーズだなんて…。私もアークに一目惚れしたから嬉しかったし」
母さん、何惚気てるの?
顔を赤らめて惚気ないでくれませんか?
息子の俺は何とも言えない気持ちなんですけど。
胸やけがして口の中が甘ったるいんですけど!
「母さん? 剣帝と魔帝の一カ月間にも渡る激闘は? 死闘は?」
「ああ、あれ? もちろんアークとベッドの上での夜の戦闘よ。勝敗はわずかにアークの勝ちだったわね。もうあの人ったら激しくて激しくて素敵だったわね。私も初めてだったけれど、アークも初めてで、初心でぎこちなかったあの人は可愛かったわぁ。今は私のほうが勝っているけれど」
「聞きたくなかった! そんな話聞きたくなかった! 両親の過去と現在の夫婦の営みなんか聞きたくない!」
「あら。夜の生活は夫婦にとって大切なことよ!」
いや、今聞きたいのはそう言うことじゃないです。
あぁ…俺の中にあった剣帝と魔帝のかっこいい話がボロボロになって崩れ去っていく。
父さん…あんなにかっこいいと思ってたのに、母さんとベッドで絡み合っていただけなのか……幻滅です。
「あ、あれっ? でも、剣帝と魔帝が戦って、物凄い激闘の跡が残っているんだけど」
「それはね、アークと私がどっちがより好きなのかということで喧嘩になってね。お互い暴れちゃったの」
「………………もうどうでもよくなった」
「結局、お互い好きなんかじゃない、愛しているんだ、という結果になって引き分けになったわ。その日の夜は私が勝ったのだけど」
「………………だからどうでもいいです」
俺はもう剣帝が魔帝と戦った英雄譚を信じない。
父さんが帰ってきたら一発顔面をぶん殴ろう。
あんなに激闘の話をかっこよく語ってくれたのに、全て嘘だったなんて。
「で、私が説明したら、先代の皇帝をぶっ飛ばそうということになって、ぶっ飛ばして帝位から引きずり下ろし、ガイウス帝国は平和となりました」
先代の皇帝の治世は最悪だったらしいから、国民のだれも文句はなかったらしい。
むしろ、皇帝が変わったことで国が安定し、国民は喜んだとか。
でも、魔帝は邪悪なものっていう話が浸透してしまって、どうしようもなかった。
それで、父さんは魔帝を滅ぼしたということにしたのか。
母さんは魔帝であることを隠して、父さんと結婚したと。
「それで? 俺は魔帝である母さんの才能を引き継いでいるの?」
「そうなのよ。昔言ったはずなんだけどねぇ」
「それはいつのこと? 俺、覚えてないんだけど」
「ルクシアが産まれた直後」
「覚えてるわけねーだろ!?」
俺に自我なんかなかったわ! 記憶なんかあるわけがない!
全くこの天然の母さんは!
母さんは困った顔で首をかしげている。
「でも、その時にアークも聞いていたはずなんだけれど」
「………父さんから一度も聞いていないけど」
「まあ、いいわ。私が今言ったから」
「もうちょっと早く教えろよ! 剣帝の息子として十年以上剣にしがみついてきたんだぞ! もっと早く教えてくれれば…!」
「あら? だからいつも言ってたじゃない。剣なんか辞めなさい。無駄だからって」
「その後に魔帝の、魔法の才能があるんだって付け加えて教えてくれよ!」
「あらっ? それもそうね。次からは気をつけるわ。子育てって難しいわね」
………………もういいや。
この天然の母さんに怒鳴っても時間の無駄だ。
母さんが、うふふ、と微笑んでいる。
「ルクシア。二代目魔帝となって最強になるつもりはない?」
「………………なります。母さん、俺に魔法を教えてください」
俺は母さんに深々と頭を下げた。
俺は十年以上頑張ってきた剣を辞める。剣帝の息子を辞める。
今日から俺は魔の道に進み、魔帝の息子になるのだ。
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