少年と仔猫のミィーちゃん

椎名稿樹

少年と仔猫のミィーちゃん


「それは僕がまだ小学四年生の時でした。

 今でも鮮明に覚えています。一生忘れる事はないでしょうね。


 僕には当時、あまり友達がいませんでした。それでいて運動も苦手で……休憩時間は本ばかり読んでいました。当時の僕はクラスでは暗い存在でした。


 四年生になるまでは別にいじめられることはなかったんですが、四年生になった途端、何故か急にいじめられるようになったんです。理由はいまいち分かりません。


 それから学校に行くのは毎日苦痛でしたね。でも、両親を心配させたくないと言う理由から我慢していました。両親は気づいてなかったと思います。家では明るく振る舞っていましたから。


 でも、先生には相談しようと思った事はありました。でも結局、それはしませんでした。

 当時、いや、今でもそうですが、学校でのいじめがメディアでもよく取り上げられ、先生たちはいじめに対して非常に神経質になっていました。僕が先生にいじめを相談して、それが先生の負担になっては悪いと思ったのがその理由です。

 とてもいい先生でしたから、相談すれば真摯に対応してくれていたと思います。でもいい先生だからこそ相談できなったんです。


 心の何処かで、時間が経てば、いじめはなくなるだろうとも思ってました。そんなに毎日続くとは思ってなかったんですね、当時は。まだ小学生でしたから、安易に思っていたと言いましょうか……。だからもう少し我慢すれば、解放されると考えていたんです。

 でも日に日にいじめはエスカレートしていきました。

 トイレで水をかけられたり、黒板消しで頭を叩かれたり、いろいろでしたね。まぁー今だから笑えますけど、当時はもう精神的にもギリギリでした。


 ある日、気分転換も兼ねて、下校中になんとなく学校の近くの河川敷に寄ったんです。

 そしたらそこに小さな猫がいて、ニャーニャー鳴きながら、僕のところに寄って来たんです。とても癒される感じで非常に嬉しかったですね。確か、生後数ヶ月くらいの大きさで、全体が白い毛で、所々に茶色の斑点模様がある仔猫でした。


 家に帰ってそのことを両親に話しました。飼いたかったので。でも反対されました。両親揃って猫アレルギーらしいです。

 でも、外で面倒を見るならいいって言ってくれました。

 ただし、宿題や家の手伝いはきちんとすること。そうしたら猫のエサなどは母が買ってくれるって約束してくれました。

 必死で手伝いとかしましたね。

 

 仔猫には『ミィー』って名付けました。ちなみにオス猫です。

 ほぼ毎日河川敷に会いに行ってましたね。それが唯一の楽しみでしたから。


 そして、ここからなんです。本題は。


 いつものように帰宅後、ミィーちゃんに会いに行ったんです。

 そしたら、いじめっ子がやって来たんです。いつもの三人でした。

 僕は慌ててミィーちゃんを抱っこして、その場から逃げようとしたら気づかれてしまって、いじめっ子の一人がミィーちゃんを取り上げたんです。

 その一人が『この猫何?』って聞いて来たから、僕は『飼っている猫だよ』って言ったんです。そしたら、そいつがいきなりミィーちゃんを蹴り飛ばしたんです!

 

 許せませんでした。仔猫ですよ。蹴るなんて酷すぎる。

 

 僕は泣きながら『何するんだ』って言い、我を忘れていじめっ子に立ち向かって行きました。すると、二人に羽交い締めにされ、もう一人に殴られたんです。

 そいつは僕を殴った後、ミィーちゃんの首根っこを掴み、持ち上げたんです。

 

 そ、その時なんです! 聞こえたのは!


 『それだけか?』って言う声が。


 僕はすぐに声の主を探したんですけど、何処にも見当たりませんでした。でも、ミィーちゃんを掴んでいるいじめっ子がプルプル震えてたんです。

 そしてまた聞こえて来たんです。


『それだけかって聞いているんだ、クソガキが! そんなヒヨッコみたいな蹴りで俺様を倒せると思ったのか? おい、クソガキ! さっさと俺様を離せ! さもないと、お前らを一人残らずボコボコにしばくぞ!』って、

 

ミィーちゃんが喋ったんです!

 

 いじめっ子はびっくりしたのか、半泣きしながら逃げて行きました。もちろん、僕も驚きましたけどね。


 いじめっ子が見えなくなると、ミィーちゃんが僕に


『いつもありがとな。今日はそのお礼だ。またな』


 とだけ言って何処かに行ってしまったんです。


 僕はキョトンとしたまま暫く動けませんでした。いじめは、次の日からすっかりなくなりました。


 あれから二十年くらいが経つのでもうミィーちゃんはこの世にはいないと思いますが、とても不思議な体験でした。

 今でもたまに思い出しますね」



          ※ ※ ※



 良太は話終えると、冷めてしまったコーヒーをようやく口にした。

 雑誌の記者は、最後の一口のラテを飲んで良太に聞いた。

「ミィーちゃんが喋ったのはその日だけなんですか?」

「というより、その日以来会ってないんです。あれは一体何だったんだろう。もちろん夢とかじゃないですよ。あのいじめっ子たちも聞いてましたから」

 この後も何度か記者は良太に質問した。

 

 すっかり良太のコーヒーも全部なくなっていた。話に区切りがついたのを見計らい、記者は最後に礼を言った。

「不思議な体験談を聞かせていただきありがとうございました。記事ができましたらまたご連絡いたします」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。記事、楽しみにしています」

 記者が会計を済ませた後、二人はカフェを出て、別々の方向に歩いて行った。

 少し肌寒い。手を擦り合わせながら良太は思い出に浸り、歩き続ける。


 良太の背中を一匹の猫が見つめていることも知らずに――。

 


 

 

 

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少年と仔猫のミィーちゃん 椎名稿樹 @MysteryQWorld

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