第10話 夢想の国

 私の名前は、有朱光理ありあけひかりである。ごく普通の女の子であると言いたいが、恋人はできず、親にも否定される毎日なので、私を愛してくれる人は誰もいない。

 クラスメイトとの会話はあるものの、明るく振る舞っているだけの私は、本音を話せる相手もいなかった。

 ある日、一つの絵本を見つけて夢中になる。女の子が夢魔の魔法で望んだ夢を見て、幸せに死ぬというものだ。それを見て、私も迎えに来てくれたらと、死んで幸せになれたらと願った。

 その日の夜に、私は不思議な夢を見た。

 起きたら辛い現実が待っていて、夢など直ぐに忘れてしまう。だが、幸せで、愛されていたような気がした。

 対して、起きた私に母親が吐き捨てた言葉は、辛く、愛のないものだ。


『貴方なんて生まなければ良かった』


 それが耳に残って消えないから、私は死のうと決めた。

 大好きなローズティーを最後に飲んでから、ロープと椅子を用意して、自分の部屋の天井からぶら下がる。息もできないほどに苦しく、折角の紅茶も出ていってしまったが、これが最後だと思えば幸せすら感じた。

 それで良かったのか、と誰かが囁いてきた気がした。夢魔だったのかもしれないし、自分の心だったのかもしれないが、事実には目を背けたくなるものだ。


 もういい、疲れた。


 床をも汚し、そのまま意識が途切れ──



 ○ ○ ○



「アリス、美味しい?」


「美味しいけれど、休憩……」


「アリスったらそればかり」


 アリスはティーカップを下ろして溜め息を附く。夢想の国のお茶会と帽子屋のお話は、いつまでも終わりそうにはない。

 休憩を挟めさせてはくれるが、時間が立てばまた始まってしまう。いつまでも変わらない夜明けの空は美しいのに、いつか朝が来ないものかと願ってしまう。

 お茶会の時が終われば、帽子屋はアリスを殺してくれると言った。


「でも、ローズティーが終わったら、今度はアプリコットティー、その次はレモンティーで、その後は……」


「まだあるとも」


「何で終わらないの?」


 帽子屋はヤマネを起こしながら、笑い声を上げる。


「実は女王に歌を披露したら有罪だと言われて、お茶会から出てくるなと罰を言い渡されたんだ。たまに息抜きの招待状はくれるが、女王と時間は赦してくれない。アリスだったら赦してくれたかもしれないけど、君は女王でも主でもなく、今や一人のお嬢さんだからね。ほら、ヤマネ、三月ウサギとベッドで寝なさい」


 ベッドと聞いて、アリスは顔を少し赤くする。帽子屋はアリスの方を向いてまた笑った。


「何だいアリス、そんなにも気に入ったのかね」


「キチガイやめて。何でダブルベッドなの……それも……貴方の素顔……」


「悪くはないだろ?」


 アリスとしては嫌いではない部類だが、帽子屋の隣で寝る理由にはならない。

 帽子屋は席を立ち、アリスに隠れた手を伸ばす。アリスはごわごわと握り、同じく席を立った。帽子屋は上機嫌に自身の屋敷へ向かう。


「いいじゃないか、私が最期まで愛しているから」


 アリスは、夢までは否定できなかった。



 完

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夢想の国のアリス 青夜 明 @yoake_akr

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