第8話 クロケーの王様

 美しい庭を抜け、広々とした空き地に辿り着く。そこには今まで出会った皆が揃っていた。

 白兎の青年はアリスにまたもや手を振り、イモムシの女の子は木の枝に上ってタバコを吹かしている。メイド達は身を寄せあってお喋りを楽しみ、公爵婦人はチェシャ猫のお兄さんと笑いあっている。帽子屋、三月ウサギの少女、ヤマネの男の子はまだ紅茶を飲んでいた。

 女王が手を叩くと、トランプ兵士がフラミンゴとハリネズミを連れてくる。一匹ずつ渡してきたので、アリスが困惑しながら受けとると、森の隅から声がした。あの庭師達だ。


「クロケーでも女王様に逆らっちゃいけないよ」


「うーん……けど、この鳥とハリネズミは……?」


「クロケーの道具だよ」


 アリスは早速文句を一つ呑み込んだ。トランプ兵士がアーチになっているのを見て、もう一つ呑み込む。少し悩み、やっているフリをしながら二匹を愛でることに決めた。

 クロケーが始まると、他のフラミンゴとハリネズミら暴れ、住人達がクロケーを投げ出し、女王が苛々と声を荒げていく。


「首を跳ねなさい! そちらのも!」


「やれやれ……」


 と、言ったのはアリスではない。声をした方を見やると、王の格好をした誰かがいた。


「困ったものだ……」


「えっと、王様?」


「如何にも……ワシが王様……はああ……」


 王様は地面に座り込み、のの字を指で描く。


「酷い……行進では忘れられ……クロケーでは招待されず……王権は女王に取られる……ワシの……存在意義とは……」


「げ、元気出して。一緒に鳥とハリネズミを愛でましょう」


 アリスが二匹を差し出すと、王様は両手でアリスごと抱き締めた。


「わ!」


「ありがとう! そなたは?」


 アリスは少し悩み、まあいいか、とそれを口にする。


「アリスです」


 瞬間、王様が驚いたように目を丸くした。


「何……だと……確かに……女王と……似ているとは……いや……いけない……いけないよ……ワシで良かった……他の者に……知られては……」


(な、何? 何なの?)


 アリスは戸惑いながらも考えてみる。

 確かに、イモムシには忠告を受けた。しかし、魔法か何かで一部にはバレていて、思いっきりアリスと呼ばれていたではないか。

 それに、顔が似ているといって何かあるとも思えない。伝説の三人目がいて、出会ったら死ぬといったオカルトな話だろうか。


(うーん……)


 アリスが腕を組んでいた、その時だ。

 頭上から涙ぐんだ大きな声が聞こえる。


「ア、ア、アリスが……アリスが此処にいるよお……!! うわあ……ん!! また一つ知ってしまった……!!」


 アリス達が慌てて見上げると、そこには甲羅を背負った少年がいた。更に慌てて、王様が声を絞り出す。


「まずい……ニセウミガメの知識だ……!」


 気付いた時には全員の視線を浴びている。

 アリスはとても気まずくなり、数歩後ろに下がった。誰かにぶつかったかと思うと、肩を抱かれる。


「あはは! アリス、バレちゃったね!」


 チェシャ猫のお兄さんだ。

 アリスはこの時ばかりはほっと胸を撫で下ろした。何だかんだ、チェシャ猫はアリスを助けてきてくれたからだ。それが望んでいなかったものだったとしても、今この時ばかりは感謝しきれない。

 だが、チェシャ猫のお兄さんは笑いながらアリスに囁いた。


「逃げるのもお仕舞い、さあ、裁決に向かおうか」


「え」


 アリスが咄嗟にチェシャ猫のお兄さんを突き飛ばしたが、チェシャ猫のお兄さんは軽快な音を立てて姿勢を取り直し、手を伸ばす。

 握り締める訳でもなく、払う訳でもない、なのにアリスは風に包まれた。慌てて周りに視線を投げ掛ければ、皆も風に吹かれている。


「残念! あはは! 移動の魔法だからね!」


 アリスが瞬きをすると、そこは裁判所だった。

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