第7話 トランプの庭師
アリスはチェシャ猫のお兄さんに文句を言おうとしたが、何処を見てもチェシャ猫はいない。アリスは溜め息を一つ吐き、諦めたように歩き出す。
あの時に見えていた庭にいる。世界の暗闇にうっすらと明かりが混じり、夜明けの空はアリスを祝福していた。足元で路を作る花壇や、透き通った噴水が綺麗だ。
たまたま入口を見やると、大きな薔薇の木が生えていたが、胴体がクラブ柄のトランプである庭師が三人いて、白い花弁をペンキで赤く塗っている。アリスは疑問を抱き、トランプの庭師に話しかけた。
「あの、何で薔薇を塗ってるの?」
七のトランプが促すように二のトランプを見る。二は苦笑して答えた。
「いや……その……ま、間違えて……白い薔薇を植えてしまって……女王様……を、怒らせる前にと……」
「あ」
庭の奥を見ていた五のトランプが声を上げる。
「女王様だ」
「ひぃっ!」
三枚の庭師が地面の隅に這いつくばる。アリスは噂の女王様が気になり、路から退くことなく振り返った。
ハート、ダイヤ、スペードと、色とりどりのトランプ兵士が行進している。後列にいた白兎の青年が手を振ってきた。そして、女王がハートのドレスの裾を引いて言う。
「お待ちしておりました。そんなに驚かなくともいいじゃないですか、もう一人の私」
アリスの口が唖然としたまま戻らない。自分と瓜二つの少女が美しく微笑みかけても、信じられない気持ちでいっぱいだ。
「……あまり心からスルーを決め込まれると、首を跳ねたくなります」
女王の言葉にはっとして、アリスは喜んでと言いかけたが、女王が先に薔薇へと視線を向けていた。
「あら? これ……あら……」
女王はトランプの庭師達を見やる。
「ああ、なるほど。それは、実に愚かですね。では、首を跳ねましょうか」
まるで、会話をするかのように言い上げた。思わず口が出そうになったアリスを手で制止して、女王は続ける。
「この世界において、私の判決は絶対なんです。早く処刑を済ませたらクロケーも始められますから、どうか黙ってみていてください。……同じ顔であることが、そんなに気にくわないですか?」
アリスは図星を付かれた。同じ顔なのに、とまさに思っていたからだ。
(まるで、心が……)
「読めますよ」
目を丸くするアリスに女王は美しく微笑んだ。アリスの頬に嫌な汗が伝っても、女王はやめない。
「可哀想に、死にたくて堪らないんですね。だから、この世界があって、私がこうして此処にいる。でも、私は嫌です。理由の無い処刑はしませんし、理由も見えない判決は下しません。今はその時ではありませんから。……それで、どうして庭師を追い出そうとしているのですか?」
特有のお喋りの間にトランプの庭師を追い払っていたアリスは、どうしてと尋ねられ、庇うように立つ。背後で庭師がもたついているのを感じて、声を張り上げた。
「良いから行きなさい! 私の首を代わりに差し出すから!」
「あ、ありがとうございます……!」
トランプの庭師が立ち去るのを見守ってから、アリスは女王様を睨む。
「理不尽な死だから。そんなに殺したいなら私が死ぬ」
「困りました。貴方に冤罪を被せる訳にはいきませんから、私も見逃しますけど……何でと言われると更に困ります」
「まだ言ってない!」
困惑するアリスを余所に、女王は笑顔で手を叩いた。
「それより、クロケーをやりましょう。招待状は全て送り終え……いいえ、残るはアリスだけです。でも、渡さなくても此処にいますから、連れていきましょう」
アリスは益々困惑した。
(こ、この世界の人にアリスだと隠しても……)
「無駄ですよ、命運には逆らえません」
女王がまた微笑んだので、アリスは肩を落として諦める。行進が別方向に歩き出し、女王が手招きするので、アリスは後を付いていくことにした。
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