第5話 公爵婦人の猫
猫のお兄さんがニヤニヤしながら案内してくれた部屋に、公爵婦人はいた。美しいドレスをまといながら、椅子に腰掛けている。
公爵婦人はアリスに気付き、猫のお兄さんを見て、口を開いた。
「あらあらあらあ、チェシャ猫! その子は!? お客様!? いらっしゃい! ゆっくりしなさいね! ほら! そこの椅子にお座りなさい! ね! チェシャ猫も! 椅子なら沢山あるから! 遠慮なさらずに! メイド! 今すぐお客様に椅子を!」
話を振られ、メイドは椅子を二つ用意した。チェシャ猫のお兄さんがぴょんっと腰かけるのを横目に見つつ、アリスはお礼を口にしながら座る。
「それで! お客様! 貴方はだあれ!? 何のご用かしら!」
アリスが本名を告げると、公爵婦人は笑って手を叩いた。
「素敵な名前!!」
「あ、ありがとうございます……それで、えっと、女王様に会いたくて……迷子で……」
会いたい、とアリスが口にすると、公爵婦人は手足を大袈裟に動かして暴れる。
「女王様!? あの!? 首を跳ねさせるのが好きな女王様!? やだやだやだやだやだ! 貴女! 女王様の何倍も可愛らしいじゃない! 首だけになったら嫌よ! 貴女とそっくりなのに! あっちは心に長けているのよ! そんなの狡いじゃない! やめておきなさい! ね!」
「そっくり……? えっと……死にたいんですけど……」
「そう! そっくり……死にたい!? 生きなさい! 生きていればいいことがあるから! ね! 散歩に出かけてみなさい! ニセウミガメは知ってる!? 帽子屋とはまた違ったお喋り好きなのよ! 聞いてみなさい! チェシャ猫に案内させてあげるから!」
否定もネガティブもできないような剣幕に押されながら、アリスは助けを求めるように視線を泳がせた。チェシャ猫のお兄さんと目が合い、ニヤニヤと笑われる。
(何も面白くない……)
「いいよ、行こうか!」
「え?」
チェシャ猫のお兄さんは立ち上がり、アリスの腕を掴んだ。
アリスがきょとんとして目を瞬かせると、その一瞬の内に景色が変わる。屋敷の中ではなく、森にいた。
戸惑っていると、チェシャ猫のお兄さんがニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。
「逃げたかったんでしょ!」
どうやら見抜かれていたらしい。
戸惑いつつ、アリスは素直に肯定する。
「う、うん……ありがとう……」
「あはは、いいよ! で、ニセウミガメの元には行く?」
アリスは首を取れそうな程に、横へと振る。
「行かない……お喋り聞きたい訳じゃないの……」
「──では、私の話はどうかな?」
知らない人の声がして、アリスは目を丸くしながら振り返った。そこには誰もいなくて、ますます目が丸くなる。
「魔法?」
「そう、賢い。これは魔法だよ。私はお話の魔法が使えるんだ。それでね、実は君を私のお茶会に招待しようと思ったんだ。紅茶には自信があるけれど、どうかな?」
アリスが答えに迷っていると、チェシャ猫のお兄さんは可笑しげに口角を更に上げた。
「ニセウミガメを選んでも、帽子屋を選んでも、どっちもキチガイトークになるだろうよ!」
アリスは心底嫌そうな顔をする。
「キチガイの所なんかいきたくない」
「まともなヤツなんて此処にはいないよ! 僕もキチガイ、あんたもキチガイ! あはは!」
「む……」
アリスが眉を潜めると、帽子屋らしき声に囁かれた。
「キチガイなんて、嫌な男だ」
アリスは心の底で同意してから、この人はまともに会話ができる相手なのではと思い始める。
これまで、曖昧な抽象やマシンガントークばかり聞いてきた。対して、この声はアリスに合わせてくれる。お喋りとは聞いていたが、ゆっくりで聞きやすく、中々の好印象だ。
だから、アリスは空中に向かって頷いた。
「帽子屋さん? 私行く」
「おお、そうか。それはとても喜ばしい。とびっきりの紅茶を用意しよう。ゆっくりおいでと言いたいが、疲れさせる訳にはいかないな。チェシャ猫に送ってもらいなさい」
チェシャ猫を見ると、ニヤニヤ笑いながら手を伸ばしてくる。アリスは一体何が可笑しいんだろうと思いながらも、その手を握り返す。
瞬き一つで、再び景色は変わった。
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