第一章

順調にはいかない

 壊れたテレビの砂嵐のような蝉の声で目が覚めた。

 リスタートした地点は、告白した日から約一年前にあたる高一の二学期始業式の2週間前で、夏期講習の期間中だ。

 カレンダーには目立つ赤文字で『告白する!』との書き込みと、いくつかのバツ印に小さな文字で『今日もダメだった』と弱々しく書かれていた。机上に不格好に書かれたセリフ。『好きです、付き合ってください』この一言を言うに一年と少しかかった。


「忘れよう、忘れよう」


 自分に言い聞かせた。もう好きじゃないんだって。僕の淡い初恋は始まる前に終わらせる。主人公になれないし、脇役にも徹せない。

 また空っぽになったハートのゲージは、どうせ西野と冴島の距離だ。


 それに、これから訪れるはずのストーリーにはまだ、鍵がかかっている。中にはもう開いているストーリーもあったがストーリーの概要は僕が触れたら行けない領域だと思った。これは西野と冴島の物語。しかしいずれ、ちゃんと向き合わなければならない。

 訪れるはずだった二人の未来を変えるという責任がある。



 リリリ、リリリッッッ


 徐々に音量を増していくスマホの目覚まし。

 5時半にセットされたアプリは今日も変わらず働いてくれた。

 一度、淡い期待と緊張を含んだことのある朝は、二度目の今日を憂鬱にさせる。気持ちと現実とのギャップが耐えられない。仮病でも使って休もうか。


「・・・・・・母さん。今日休もっかな。」

「稜、どうしたの?どこか悪いの?」



 心配した表情を浮かべる母を見ると申し訳ない気持ちになって、「やっぱなんでもないや」と仮病作戦は思い留まった。



「桐嶋くん、おはよ!」


 元気がいい冴島に対して「・・・・・・はよ」とつい無愛想な返事になってしまった。


「大丈夫?いつもと違うけど」


 昨日までの自分は冴島に声掛けられただけで嬉しかった。だから、少しでも印象を良くしたいと演じていたんだ。わざわざ、朝早くから活動のある生物委員会に入ったのも、冴島がいるからだ。でも、今はそれがアダとなっている。怪しまれないように「寝不足なんだ・・・」と言葉を濁した。


「あ!つぼみだー」

 冴島が満面の笑みで膨らんだばかりの秋海棠シュウカイドウを指差した。そんな笑顔を僕に向けないで欲しい。勘違いしてしまいそうになる。


 秋海棠シュウカイドウを学校で育てているのは珍しいのかもしれない。この花は冴島たっての希望で植えた。僕は花についてあまり詳しくないが、冴島の家は花屋だ。だから、生物委員に所属したのだろう。僕の花の知識も冴島からの受け売りだ。

 秋海棠この花は日影でも良く育つらしい。日陰で育つ植物だと言ったらドクダミぐらいしか知らなかった。そこでネットで調べてみたら、想像以上に綺麗な花だった。僕もこの花が咲くのが楽しみである。


 以前、何故その花がいいのか尋ねたことがある。冴島は「この花が綺麗に咲けば、わたしの願いも叶いそうな気がするんだよね」と言った。

 僕はその意味がよく分からなかったが、冴島の願いが叶えばいいなと素直に思った。


「夏休み中の水やり当番も一緒にしようね!」

 冴島の言葉にドキッとした。

 出来ればあまり近くにいたくない。いればいるほど

 冴島への思いと罪悪感が積もるだろう。

 好きだと思うほど、伝えたくなる。


「・・・・・・」

 僕は黙ったまま頷いた。


 彼女の表情ひとつでコロコロ変わる僕の心。

 前のルートと同じように告白したらどうなるだろう。

 もしかすれば、ワンチャンスあるのではないか。

 そのような期待は早々に砕かれた。


「トオル〜今日も朝練?ファイトー!」

「おはよ!リノ!」


 互いに『トオル』『リノ』と名前呼びの関係。

 声の相手は冴島の幼馴染の西野透だった。

 西野はサッカー部のエースだ。コートから冴島に向かって手を振る。

 横目で見る手を振り返す冴島は本当に嬉しそう。

 西野が羨ましい。こんな幼馴染とずっと一緒にいるのに彼女からの好意に気づくのが遅いなんてもったいない。


 ──君の笑顔が僕に向けてだったらいいのにな


 なんてキザでイタイ言葉が漏れそうになり、慌てて雑草を無心でむしり続けた。



 *********



「好きだ、やっぱり好きだーーー!」

 枕に顔を押し付けて叫んだ。

 前のように冴島と普通に話すことが出来ない。

 そう簡単に諦めがつくような話ではないんだ。無理して我慢するほどに気持ちを自覚してしまう。


 この画面にゲームの攻略法は書かれていないのかと

 僕は手当たり次第に画面をタッチした。


 鍵のかかったシチュエーションは、夏祭りだったり、文化祭だったり。最初のルートで二人に起きたはず、もしくは既に起きているストーリーだ。

 見ているだけでつらくなった。



 冴島以外のキャラクター、西野やほかのクラスメイトについての設定資料も事細かに記されていた。


「こ、これは・・・・・・。冴島のス、スリーサイズ?!」


 これはダメだ。見てしまえば負けになる。勝ち負けではないのかもしれないが。

 僕はこういうものが知りたいわけじゃな・・・・・・ないぞ!僕は冴島が嫌がりそうなこと、いや、冴島じゃなくても嫌だと思われることはしたくない!


 だが、見えてしまうものは仕方ないだろ?と僕の中の悪魔が囁く。


(チラチラ・・・)


「キャッ」とまるで女子のような声を出してしまった。



「稜、うるさいわよ。静かにしなさい!!!」


「ご、ごめんなさい!!」


 下の階の母に怒鳴られ、僕は慌ててベッドに潜り込んだ。


「羊が1ぴき、羊が2ひき、羊が3びき、5匹、6匹、7匹──」


 羊は異常な数ほどいた。僕の頭の中を愉快に飛び回った。跳ね回るコイツらをみていると悩んでる僕が馬鹿みたいだ。




 ********



「おはよ!桐嶋くん」


「う、うわぁぁあ」


「なに?なんかした?」


「ううん、何も無い。ごめん・・・・」


 冴島の声に驚いてしまい、絶対に不審がられた。

 それなのに「調子まだ悪いの?」と心配してくれるのだから、冴島は女神なのかと思った。


 今日も生物委員会の朝の仕事を着々と終わらせて、

 始業のベルのなる5分前に教室へ入る。


「はよ!桐嶋、すんごいクマ出来てんぞ?」

 南田が僕の顔を見てそう言った。

「寝不足」と言うと、「何見てたんだよ〜」と言うので面倒臭いし、言えるわけない。


「そういえば、冴島にちゃんと告ったのか?」

 南田が不躾に聞いてきた。冴島のことが好きだなんていつ言ったのだろう。僕は誰にも相談していないのに。


「お前、よく冴島を目で追ってるからわかり易いよなー」

「はっ、はぁーーー!?」

 南田の爆弾発言に僕はたじろいだ。


 ・・・・・・僕は目で追ってない!!誤解だ!そうじゃないんだ!


 否定すればするほど南田は「わかり易いな〜、お前がそう言うならそういうことにしてやろう」と僕を薄目で見て笑った。


 コイツは僕をからかいたいのか、それとも応援してくれるのかはっきりして欲しい。恐らく前者であるのとは間違いない。




 バンッッッ


 頭の中で鳴る銃声のような音で目が覚めた。この音は僕にしか聞こえていないみたいだ。

 びっくりして思わず体が浮き足が机の脚にぶつかった。クラスメイトの僕に向ける視線が痛い。

 一時間目が始まってからもずっと眠気が収まらなかった。授業中もろくに板書できていない。



「ノート写させてあげよっか?」

 そう冴島が声をかけてきた。

「うん、ありがとう」

 冴島のノートは綺麗にまとめられていた。要点もスッキリ書かれている。端に書かれている猫の落書きも可愛い。


『ファイト!』と猫に吹き出しが書かれていた。

 僕に向けてのメッセージだと受け取りそうになり『勘違いするなよ、僕!』と喝を入れた。



「文化祭実行委員の桐嶋、そして西野。放課後会議あるからー」と担任が教室と時間を黒板の端に書いた。


 文化祭実行委員なんてきいてないんだけど!

 いつの間にそんなめんどくさい役になったのか。

 みんな僕に押し付けやがってー!!

 西野も「居眠りしてたら勝手に決められた」とボヤいていた。


「がんばろーなー、お互い」

「そうだな・・・・・・」

 簡単な会話だけ交わした。前々からあまり接点がないのだ。こういう係は普通、仲良し同士でやるものだろう。それによりによって西野と一緒って・・・。


 第1ルートではなかったはずの文化祭実行委員。

 それにより、西野と接点ができた。前はたまに話す仲で、グループも違うし、そもそも僕とキャラが違う。

 西野は圧倒的に主人公タイプなのだ。


 少しだけ未来が変わっている。ハートのゲージだって色が以前と変わっているような気がした。

 僕はただ冴島への思いを隠せばいいだけなのに、告白しなければいいだけなのに、どうしてこんなに悩んでいるのだろうか。別に2人の邪魔をしたいわけじゃない。僕は普通にしていればいいはずなのに、この僕にしか見えない画面に気持ちが振り回されている。

 もっとこの仕組みについて知る必要がある。知るのが怖くて触れてこなかったが、キャラ設定もストーリーの概要も目を通しておかなければならない。



 第2ルートは、僕が告白しないだけでは上手くやっていけないだろう。そんな気がしてきた。




「すみません!桐嶋くんいますか?」



 廊下から僕を呼ぶ声がした。



 ──ザザザザッッッ ザザザザッッッ


 僕はまだこの画面の変化に気がついていなかった。


 これから変わりゆく僕の立ち位置もまだ分からないままだ。

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