第3章-2 男の子

~翌週の金曜日~

「やっと終わった~!菜緒ちゃん、最近できた駅前のタピオカ屋さんいかない?テスト終わりのご褒美としてさ!」

「いいね、行こうか!でも私、タピオカってあんまり食べたことないんだよね」

「凪は週に1回は必ず飲むようにしてるよ。あの食感がたまらないんだよ~」

そんなことを二人でワイワイ話し合いながら、私たちのクラスの教室前の廊下を歩いていた時、少し先にあるトイレから笑い声が聞こえてきた。どうやら男子複数人のもののようだ。テストが終わったからってわざわざトイレではしゃぐこともないだろと思っていたが、トイレに近づくにつれ、少しずつまた別の音が耳に入り込んできた。それは水道の蛇口を最大にひねった時の音、バケツに水が入るときの音、そしてれっきとした意味を持つ罵声だった。

「ガリ勉く~ん!テストのほどはいかがでしたか~!?」

人の癪に障る語尾の伸ばし方は、学校の中でも特に危険視されている厄介集団のもので間違いない。何が起きるのかは、実際に現場を見なくとも大いに予想がつく。ザッバーン、と水が床に叩きつけられる大きな音が廊下中に響くとともに、また、男子たちの高笑いも響き渡る。もはやこの学校の生徒たちはそれを当たり前の光景として見て見ぬふりをしている。五人の高校生が、教師の目を盗み、一人の高校生に対して水をかけ、馬鹿にし、嘲笑う。これは抗いようのない、ある種日常に近しいものと化している。逆らえば自分が狙われてしまう、その恐怖は常に生徒の頭にまとわりついているだろう。もちろん私もそうだ。だが放っておくのが良くないことは火を見るよりも明らかだ。何百人という生徒が、そんな葛藤を心の中で繰り広げること一年間、ついに勇気を出して声を上げるものはいなかったようだ。下手に教師に告発すれば、告発者、或いは告発者と男の子自身が何をされるかわからない。だからいじめを受けている本人も、周りの人も言い出せない状況が続く。つまりこのいじめを止めるには、誰かが危険を顧みず、かの五人衆に対して反旗を翻す必要がある。そして、やつらに仕返しをする余力すら持たせないことが重要だ。

「じゃあな~!また来週までに、制服乾かして来いよ~!ハッハッハハハハ!」

そう言って五人は、各々のカバンをトイレの入り口から拾い、大声でしゃべりながら階段を下りて行った。五人がいなくなっても、誰も声をかけることはない。結局人間そんなものなのだ。目の前に、いじめを受け、体中びしょ濡れの人間が一人いたところで、誰一人として気にも留めない。そんな腐った環境だからこそ、私と凪ちゃんだけは、せめて太陽でありたいと思う。


 

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