EP-3
「おはよう、ジッポ。それが、最期の言葉だったそうだ」
空見が、事の
聞くに徹していたジッポは、反応を窺う空見へ何か返すわけでもなく、右手を開いて、手の平をじっと見下ろしている。
「……あまり、驚いていないようだな。知っていたのか」
ジッポの覚醒を目前にしたのは他ならぬ空見だ。あり得ないと知りながら、空見は問うた。
「夢を視た。夢を、視たんだ」
あの場所で視た、青い羽根の蝶を再びそこへ見出そうとでもするように、ジッポは指先を一心に見詰めている。
「……そうか」
一間の
「リュィは、どうなった」
その問いに、空見は再三に嘆息する。
魂を喪ったコンシーが辿る末路はひとつ切り、キョンシーへの転化。
その行く末は、他者の血を乞い再びコンシー化を果たすか、他者の生き肝を喰らいハクシーへと堕ちるか。あるいは、火葬屋の火により葬られるか。
空見が重い口を閉ざしたまま、椅子から腰を上げる。
「おい」まさか閉口したまま病室を後にするすつもりかと、立ち上がった空見を視線で追えば、彼は背にしていた病室のカーテンへ手を掛けた。
病室を隔てる間仕切り代わりのカーテンを開くその前に、空見は視線でジッポへ問う。
心の準備は良いかと。
ジッポもまた無言で頷き返した。
備えなければならない心など、もうないのだと。
「そうか……」と声を忍ばせて、空見はカーテンを開いた。
「……!」
ジッポが、息を呑む。
彼があらかじめ推測した通り、カーテンを隔てた隣のベッドには、もう一人の患者が
「リュィ……」
まぶたは閉じられ、彼女を象徴する木漏れ日色の瞳こそ覗く事はできないが、ベッドに臥した少女には、たしかにリュィの面影があった。
「なのか……?」
にも関わらず、ジッポの声音は、言葉を結ぶ先を見失ったように力ない。
「わからない」
空見もまた、かぶりを振る。
さもありなん。
リュィは、九歳という享年から一年を経過した現在でも、コンシーの特性上、成長が停まったまま、十に満たない少女の容姿をしている。
だが、ベッドに臥せた彼女は、どうした事か。
上背は一目でわかるように伸びて、幼い故の丸く柔らかだった目鼻立ちもまた、リュィの面影こそあれど、細く流麗に研がれている。
どう見積もっても、十を超えて思春期を迎えた十二、三歳頃の少女と同じ容姿をしていた。
「どういうことだ」
ジッポの瞠目は、そればかりではない。
腕利きの火葬屋であれば、その気配を察しただけで、人間かキョンシーかの区別は付く。
今、目の前で病床につく少女は、間違いなくキョンシーだ。その上で、彼女はたしかに
コンシー。
この少女は誰かの生き血を乞い、受け容れられた、コンシーだ。
「なにがあった。なにがあったんだ」
リュィが、その命をジッポへ繋いだその後に、あの香主の居室で何が巡り起こったのか。
「教えてくれ」
今にもベッドから落ちて懇願せんばかりのジッポの問いを受けて、空見は再び椅子へ腰掛ける。
「デュポンが言った」
そしてまた、重く口を開いて、あの部屋で起きた命運を語り始める。
「なぜ、なにもかもこの手からこぼれ落ちて行くんだと」
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