夜が明けるまでに
「助かりました。どうもありがとう」
私は女の人の体を離れ、頭を下げた。
あれから、蜥蜴たちはなかなか粘り強く私達の後を追ってきた。
振り向くたびに蜥蜴たちの数は増えていった。
蜥蜴たちは、憑依状態が解けて私が出てくる一瞬の隙を狙っているようだった。
それがいつ起こるかも分からないので、お互いの我慢比べになった。
私は憑依が解けてしまわないものかとヒヤヒヤしたものだが、結局、いくら待っても憑依状態が解けることはなかった。
そのお陰で、粘り強く私たちを尾行していた蜥蜴たちであったが、とうとう諦めて本当に姿を消してしまった。
「隠れてないわよね?」
「恐らく大丈夫でしょう。気配がないもの」
橋を離れ、安全を確認したところで、私は女の人の体から出た。
「ありがとう。助かったわ」
蜥蜴の脅威が去り、私は胸を撫で下ろす。
もしも彼女がいなければ、私は間違いなくあの蜥蜴たちの餌食になっていた。
「私は貴方を迎えに来ただけだから、お礼なんて別に結構よ。役目を全うしただけだから」
「ああ……。そういえば、そんなこと言っていたわね」
公園で女の人と再会した時の言葉を思い返しながら私は頷いた。
「亜久斗君に会わせてくれるっていってたけど、それってどういう意味なの?」
「亜久斗君が待っているわよ」
──待っている?
どういうことだろう。
「今、亜久斗君は生き返るために、自分の肉体を回収しに行っているところよ。それなのに、貴方まで死んでしまっては、亜久斗君が悲しむわ」
「亜久斗君が悲しむって言われてもね……」
亜久斗君が死んでしまって、悲しいのは私の方である。女の人が何を言いたいのか、私にはやっぱり分からない。
「貴方に言ったはずよ。彼は、必ず生き返ってあなたの前に姿を現すって……。今頃は、無事に魂を肉体に戻して、蘇生していることでしょう。勿論、上手くいっていればの話だけれど」
「亜久斗君が、生き返ってる!?」
それは、余りにも衝撃的な言葉であった。
私が声を張り上げると、女性は静かに頷いた。
「だから、貴方も生き返らなければならないわ。このままだと、彼が貴方の前に姿を現すことなんてできないもの。……それじゃあ、悲しいじゃない」
女の人は心底哀れんで、目を伏せた。
私と亜久斗君が再会できるように、色々と手引をしてくれているようだ。
「でも、生き返るって言っても、どうすれば……」
恐らく、私が死んだ直接の原因は、川で男の子を助けた際に溺れてしまったことだろう。
でも、その後に私の体がどこへ行ったのか、私は知らなかった。
「貴方の体は、近くの生田総合病院に緊急搬送されているわ。それで意識不明の重体だそうよ」
女の人は、いったいどこからその情報を仕入れたのだろう。
その経緯を詳しく教えてくれた。
「亜久斗君と警察署に行ったんだけど、途中で引き返してね。橋の上で何やら事故が起こったって人が集まっていたから行ってみたら……貴方が、救急車に運ばれていたわ。驚いたわよ」
私は事故直後の情景を思い出していた。
橋の上から、救急車がサイレンを鳴らしながら発進していた。被害者である男の子はあの場に残っていたから、いったい誰が運ばれたのだろうと考えたが──どうやら、私だったようである。
「それで、貴方を捜していたの。まさか、昼間の公園にまた居るなんて思わなかったけれど……」
女の人は私に協力するために、あちこち走り回ってくれたらしい。
「亜久斗君は必ず生き返るわ。だから、貴方も生き返らなければならないのよ」
女の人の力強い言葉に、私は頷き返した。
「ありがとう……」
「まぁ、今すぐにでも生田総合病院に貴方を連れて行ってあげたいところだけれど、下手に動いて死神たちに目をつけられるのも厄介ね。日の出までは大人しくしていましょう」
女の人が大きく伸びをし、ベンチに腰掛ける。
「……それに、亜久斗君との恋の話、色々と聞きたいもの」
女の人がはにかんだので、私も頷いてその隣に座った。
──それから私たちはたくさん色々な話をして、この悪夢のような一夜を明かしたのだった。
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