知らんぷりの蜥蜴

──ネチョッ、ピチョピチョ!


 ヒタヒタと何かが歩くような足音が耳に入ってきたので、私は周囲に視線を走らせた。

 女の人の表情も険しくなっている。

「近くに居るみたいね……」

 女の人の言葉で、私は周囲を警戒した。

 蜘蛛とはまた違う、別の何かがこの辺りに生息しているということなのだろうか。


──ネチョッネチョッ!


 音の出処でどころは一箇所からではない。

 暗闇の中──あらゆる方向から、それは聴こえてきていた。

 月明かりの下、ようやく私たちの前に姿を現したのは、とても小さな生き物だった。

 二足歩行で長い手足を動かした蜥蜴とかげだ。しきりに舌をレロレロと動かしている。


 一体ではない。

 二体、三体──。

 橋の下から十数体もの蜥蜴が、続々と姿を現してきたのだ。

「きゃあっ!?」

 不意に、驚きの声を上げた私の手を、女の人が掴んできた。

 その意図は分からなかった。

──ただ、私は女の人に触れた瞬間、全身が吸い寄せられていくのを感じた。

 私の体と女の人の体とが衝突する。

——それでも、何の衝撃も感じなかった。


「これで様子を見ましょう」

 女の人の声は、随分と近くから発せられた。

 近く──いや、発していたのは私自身だ。

 私は女の人と一体になっていた。

──正確に言えば、私が女の人の体の中に入り込んだ状態である。

「こ、これは……?」

「霊体の貴方を、私の中に憑依させたの。これで、大概の死神は手出しができないと思うけど、どうかしら」

 どちらも同じく、女の人の口から出た言葉だ。

 本当に、私は女の人と一体になっているのだろう。


 私に飛び掛ろうと身構えていた蜥蜴たちであったが、私が女の人に憑依したことで途端に興味を失ったようになる。

 プイッとそっぽを向いて、私たちに背を向ける。

──でも、決してその場から離れようとはしない。

 周囲をキョロキョロと見回しているが、意図的にこちらを見ようとはしない。

 隙を作って、出て来たところを襲うつもりなのだろう。女の人が歩き始めると、無関心を装った蜥蜴たちが後をぞろぞろとついてきた。


 蜥蜴の数は徐々に増殖していった。

 振り返ると、最初の何十倍もの数の蜥蜴が路地を埋め尽くしている。

 私が視線を向けると、蜥蜴たちはそっぽを向いて一斉に気付かぬ振りを始めた。

──何だこれ。

 異様な光景であった。

 それでも、女の人のお陰で、蜥蜴たちは私に手出しができないでいるようだ。

 私は感謝しながら、さらに歩みを進めて行った。

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