思えば繋がること
「ここまで来れば、大丈夫かな……」
私たちは住宅街を抜け、橋の上まで走った。
夕方に、溺れた男の子を助けた川に架かっていた橋だ。
後ろを振り向くが、ドッペルゲンガーが追ってきている様子はない。どうやら上手く、撒いたようだ。
「どうして、あんなのに追われなくちゃならないのよ」
──そもそも、あの蜘蛛みたいな生き物は何だったのだろう。
化け物にストーキングをされるような謂れはない。
「あら? 気付いていなかったの?」
女の人が瞬いた。心当たりは、まるでないのだが──。
かと思えば、女の人は私の体に思い切り掌底を打ち込んできた。
「きゃあっ!?」
不意打ちに驚いたものだが、何故だか女の人のその手は私の胸部を貫通した。
「あれらが貴方を追うのは、貴方が幽霊だからよ」
「え……? ええっ!?」
確かに、普通の人間の体を手が貫通するということはあり得ない。
だからといって、幽霊だという話を素直に信じることはできなかった。
私は全身を見回してみたが、体はどこも透けていないし、足だってちゃんと生えている。
「幽霊って……嘘でしょ?」
すると、女の人は息を吐きながら肩を竦めた。
「嘘じゃないわ。現に、あれに追われているでしょう? あれは、死んだ人間しか追わないわ。なにか、そうなったことに、心当たりはない?」
女の人に問われて真っ先に頭の中に浮かんだのは、溺れる男の子を助けた情景である。
錯乱状態に陥った男の子にしがみつかれ、私自身も溺れてしまった。──それでも、河原に漂着して目が覚めた時には何事もなかった。本当はそこで死んでしまっていたと考えるなら、色々と辻褄が合うことがある。
──患者を乗せて走り去る救急車。
──呼び掛けに応じない警察官。
疑問に思うこともあった。
「……でも、私、警官と話せたわよ」
私が声を掛けた警官は気が付いてくれなかったが、他の警官が気付いて応対してくれた。きちんと会話もしたし、間違いなくその制服警官とはやり取りができていた。
「それは、その人も幽霊だったからじゃないかしら」
女の人がピシャリと言う。
「どこにだって、幽霊は居るもの。貴方の身近にだって……。それに、自分が死んだことに気付かず、普通の人と同じように生活をしている幽霊だって居るは。……貴方みたいに」
「うぅ……」
実際に変な蜘蛛の化け物と遭遇していて、奇怪な体験をしているのだ。今更自分が幽霊だと言われても、そこまで驚くことはなかった。
「あの化け物は何なの?」
──女の人がそれを知っているかは分からない。
それでも、この女の人はなんとなしに事情に詳しいように見えたので尋ねてみた。
「分かりやすく言うとすれば、死者の魂を狩る者たちね。亜久斗君は、死神と称していたみたいだけれど」
「亜久斗君も……?」
彼もバス事故で命を落としているのだ。死んだ者が幽霊になるとすれば、彼も同じように死神と遭遇したことだろう。
「死神たちは幽霊を襲う習性にあるわ。幽霊に安息の地はないの。だから、貴方もこれから死神に追われ続けるでしょうね」
「そんな……」
女の人の言葉に、私は絶句してしまう。
それは単なる脅しではないのだろう。
「大丈夫よ。私が協力してあげるから」
女の人が笑顔を向けてきた。
「亜久斗君に会えるように、私が力を貸してあげる。だから、心配しないで」
女の人の笑顔が、とても頼もしく見えた。
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