希望に向かって

──ゴォウゴォウッ!


 私は後ろから誰かに抱き着かれ、そのままバランスを崩して地面に倒れてしまった。

——ドッペルゲンガーだ。

 気付かぬ内に、後ろから迫ってきていたらしい。

 一体だけならすぐに振り解くことができたであろう。──しかし、倒れている私の上に第二第三のドッペルゲンガーが次々に覆い被さってきたので、身動きが取れなくなってしまった。


 蜘蛛の作り出したドッペルゲンガーを初めて見た女の人は、驚いて目を丸くした。

「死神の能力……?」


 ドッペルゲンガーたちは私に覆い被さると同時に、意識の糸が切れたように静止する。思いの他、人形の体は容易に退かすことができた。

 私はジタバタ暴れて、ドッペルゲンガーたちの下から這い出した。

 顔を上げた私の目に、恐ろしいものが目に入る。

 首から上のないドッペルゲンガー──。

 ピンク色のブラウスにロングスカートといった服装──今、私が着ている服と同じものだ。


 公園で右腕を失っていた私は、すぐに悟った。

──このドッペルゲンガーに触れたら終わりだ。

 もし触れれば、ドッペルゲンガーが欠損しているのと同じ部位が欠損してしまうことであろう。頭がなくなる──そうなれば──。

「こ、来ないで……」

 私は後退りながら、体を震わせたものだ。

 その懇願は、首なしのドッペルゲンガーの耳には入っていないようだ。──勿論、耳はなかったのだが、あったとしても止まってはくれなかっただろう。ドッペルゲンガーに意思はない。

 所詮は、蜘蛛に操られているただの人形なのだ。


 ドッペルゲンガーが、こちらに迫って来る。

——絶体絶命のピンチといったところか。

 私は死を覚悟して目をきつく閉じた。

「諦めないで!」

 女の人が、声を上げた。

「こんなところで諦めては駄目よ。私は貴方を彼に会わせるために、迎えに来たのだから」

 彼──それは、亜久斗君のことだろう。

 ふと頭の中に、亜久斗君の顔が浮かんだ。

「亜久斗君に会えるの……?」

 まさか、そんなはずはあるまい──そう思ったが、女の人は否定しなかった。

「ええ。今、貴方に会うための準備をしているわ。だから、貴方も諦めないで!」

 それが単なる気休めか出任せか──私には、分からなかったが、亜久斗君に会いたいという思いが強くなっていた。


──こんなところで、負けるものですか!


 私はキッと、首なしのドッペルゲンガーを睨み付けた。

 ドッペルゲンガーが私に向かって飛び掛かってきたので、横に避けてそれを躱す。

 それでも、ドッペルゲンガーは勢いを弱めず壁に突っ込んでいった。

──もしかして、私のことが見えていないの?

 どうやら、首なしのドッペルゲンガーには、私の位置が把握できていないようである。闇雲に手を振り回している。

 近くに蜘蛛の姿も見えないので、操っていたとしても私の居場所が分からないのだろう。

「逃げましょう! こっちに来て」

 女の人が駆け出し手を振るので、私もその後に続いて行った。

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