ドッペルゲンガー

 私は帰り際に、お泥沼広場公園に立ち寄っていた。

 公園の敷地を突っ切って行くのが、私の家に向かうには近道だ。

 寄り道をしている間に、辺りはすっかりと暗くなってしまった。

 夕日が地平線に沈んで、空には星が瞬いている。


──ゴォウゴォウッ!

「んっ?」

 何か奇妙な音が聴こえて、私は足を止めた。

 そちらを振り向くと、電灯の下に人影が一つ見えた。

──誰?

 注視してみたところ、私にはその顔に見覚えがあった。

「……えっ。私?」

 電灯の下に佇んでいたのは──紛れもない。私である。

 私の生き写しとも言える彼女も、私の存在に気が付いているようだ。

 ゆっくりと、こちらに近付いてきた。


 目の前までやって来た彼女を見て、私は改めて感心してしまう。

──どこからどう見ても私である。

 瞳の色や髪型、肌の質感なんかもそっくりで、服装も今着ているものと全く一緒であった。

「あ、あの……」

 無言のまま見詰めてくるドッペルゲンガーに、私は困惑してしまう。自分自身に見られるというのは奇妙な感覚である。

 さらに、ドッペルゲンガーは無言で私に顔を近付けてきた。

 さすがに距離が近いと、恐怖のようなものを感じてしまう。背筋に鳥肌が立った。

 その場から離れようと後退ると、ドッペルゲンガーが手を伸ばしてきた。

 私はドッペルゲンガーに両手をがっしりと掴まれた。

「きゃあっ!?」

 私は悲鳴を上げて身を捩った。それでも、ドッペルゲンガーは私の腕を掴んだまま離してはくれない。

「なんですか? 私にそっくりだけれど、まさか取って食おうってわけでもないでしょうね!」

 ドッペルゲンガーは何も言わなかった。

 私の両手首を掴んだまま、まるで魂の抜けた木偶人形のように瞬きもせず立ち尽くしている。

「おーい!」

 耳元で呼び掛けるが、反応はない。——本当に魂が抜けてしまっているようだ。

 ドッペルゲンガーの手には力が篭っていない。さっきりまでガッチリと掴まれていた手も、簡単に外すことができた。


──ゴォウゴォウッ!


 またもや視線を感じて振り返る。

 電灯の陰からひょっこりと顔を覗かせているのは、また私と同じ顔をしたドッペルゲンガー──。

「どうなってるのよ、これ……」

 薄気味悪く、私は体を震わせた。


 ふと、私は電灯の下に居るドッペルゲンガーの横、もう一つ影があることに気が付いた。

 関節のない触手のような手をウネウネと動かしている異形の存在──私にはそれが、蜘蛛のように見えた。

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