買い物帰りの出来事
春江と買い物を楽しみ、夕方には解散となった。
私は一人、トボトボと道を歩いて帰路についた。
そんな道すがら、事件が起こった。
橋を渡っていた時だ──。
人々が
見物人たちはオロオロするばかりで、誰も男の子を助けようとはしない。
「た……たすけ……てぇっ!」
男の子はバシャバシャと、苦しそうに
──大人たちは動こうとはしない。
このまま彼らは、救急車や消防が到着するまで、何もしないつもりなのだろう。
中には携帯電話で動画や写真撮影を行ってニヤニヤと笑っている人までいた。
その間にも、男の子の体力は徐々に削られているようであった。何度も顔が水面に浸かり、息継ぎに顔を出す姿も減ってきている。
最早、時間の問題のようだ。
私は拳を握った──。
このまま黙って見殺しにする気にはなれない。
持っていた貴重品やバッグを、欄干の
「お、おい。無茶はいけないよ、君」
サラリーマン風の男性が、私に気が付いて声を掛けてくる。
──止めてくれるな。
私はキッと、薄情な大人たちを睨み付けた。
だったら、お前が行け──と。
私のことは制止しようとするのに、男の子を助けようと動く人は誰もいない。
私は大きく深呼吸をし、手足を振って柔軟体操をした。
──川の水はどれくらい冷たいだろうか。
──橋から川までは結構な高さがあるけど、飛び込んだら体を痛めるか。
色々なことが頭を巡った。
しかし、何よりも大きく浮かんだのは、あの男の子を助けたいという気持ちである。
私は勇気を振り絞り、欄干から川に向かってダイブした。
水面に頭から落ちながら、ふと亜久斗君の顔が浮かんだ。
──ごめんね、亜久斗君。
何故だか、そんな謝罪の言葉が頭に浮かび、私は亜久斗君に謝らずにはいられなかった。
──バシャーン!
「うひゃあっ!」
水に入った瞬間、私は思わず悲鳴を上げてしまう。
思ったよりも落下による衝撃は少なかった。
それよりも、水温の方が問題である。
刺すような水の冷たさに、私は体をブルブルと震わせたものだ。
──早く男の子を助けて、岸に上がろう。
私は視界に男の子を捉えると、真っ直ぐにそちらへと向かって泳いだ。
「たすけ……!」
男の子は水面から顔を出しながら叫んでいる。
「もう大丈夫よ。しっかりして」
私は男の子の体に手を伸ばし、元気付けるように声を掛けた。
ところが、男の子はパニック状態に陥っていた。恐怖と疲労で冷静さを欠いているようだった。
「し、死んじゃうよっ! 助けてっ!」
「きゃあっ!?」
男の子が、私に覆い被さるように抱き着いてきた。
「ちょ、ちょっと! 暴れないで……!」
私は男の子を窘めたが、聞く耳を持ってくれない。
何とか支えようとするが、男の子がジタバタと暴れて余計な力を入れるので満足に泳いでいられない。
男の子は、まるで私を踏み台にでもするかのように上に覆い被さってきた。
「助けでぇ……!」
男の子は理性を失っていた。自分が助かるために、必死であった。
私は男の子に、顔を水面に押し付けられた。
──苦しい!
息継ぎしようにも、男の子に押さえられて水面に顔を出すこともできない。
私の口から、空気の泡が漏れた。
──マズい。このままでは死んでしまう。
バタバタと手足を動かしたが、男の子は手を離してはくれない。
──も、もう駄目!
私は口から息を吐き出した。
体内に、一気に川の水が入り込んできた。
──苦しい! 苦しい!
最後の抵抗とばかりに私は悶えた。
──死にたくない、死にたくない!
しかし、男の子にのし掛かられて、水面に顔を出すことができない。
やがて、手足すらも動かすことができなくなった。
途切れ掛けた意識の中、私が最後に思ったのはやはり亜久斗君に対する謝罪の言葉であった。
──ごめんなさい。
橋で大人しく警察が来るのを待っていたら、こんなことにはならなかっただろう──。
でも、せめて、男の子には助かってもらいたい。私の分まで生きてもらいたい。
私はそんなことを考えながら、息絶えたのだった──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます