戦いの後
ようやく待ち望んでいた日の出が訪れた。
あんなにも執拗に僕らを追い回していた死神たちも、朝日と共にどこかへと姿を消してしまった。
「やったぜー!」
勝利に酔いしれ、野浦が歓喜の声を上げる。両手を伸ばしながら豪快に、地面の上に寝そべった。
「やりましたね!」
美紀子と義史も手と手を取り合って、生還したことを喜んでいた。
僕も緊張の糸が切れてフゥと息をつく。
──なんとか生き延びることができた。
頭の中に、千枝やひかりの笑顔が浮かんだ。今、二人は何をしているのだろうか。
また二人と顔を合わせることができると思うと、僕は嬉しくなった。
「いやぁ、お疲れさん」
野浦が立ち上がり、僕を労うかのように肩をポンポンと軽く叩いてきた。
「ありがとう。君のお陰で助かったよ。ずいぶんと危ない場面もあったがね。……改めてお礼を言わせてもらうよ」
「いえ。そんなことをありませんよ。すべて皆さんのお陰です。僕が、生きているのも、野浦さんの協力があったからです」
僕は心底そう思ったので、素直に感謝の言葉を返した。
野浦や義史、美紀子──それに、五十嵐。
みんなが協力をしてくれたからこそ、この一夜を明かすことができたのである。
生き残ったのは何も、僕だけの功績ではない。
「……だとしても、功労賞を与えるとしたら君だろうさ。君が引っ張ってくれなかったら、俺らは確実に死んでいただろう」
死神に対抗する手立てなど、我ながら良く思い付いたものである。
偶然の産物であったが、結果的には美紀子や義史の余計とも思われた行動もみんなを救うことに一役買っている。
──黒色のオーラに三人で伝染するのには、呆れてしまったものであるが──。
まぁ、みんなで生き残ることができたのだ。すべて水に流すとしとしよう。
「あの……」
手を繋いだ義史と美紀子が、神妙な面持ちで声を掛けてきた。
どうやら一緒に困難を乗り越えたことで、二人の距離はずっと縮まったらしい。
「私たちが死んでいるって、本当ですか?」
言いづらそうに美紀子が尋ねてきた。
義史も顔を伏せている。これからプロポーズをして二人の人生を歩もうとプランを立てていた義史からしたら、ショッキングな話であろう。
別に今更隠す意味もないので、僕は美紀子の言葉に黙って頷いた。
「……そうなんですね……」
義史は頭を垂れてしまったが、どこか思い当たる節があったようだ。
「二人で旅をして乗っていたバスが事故ったから、まさかとは思ったんですが……。本当に僕らは、死んでいたんですね……」
「バス事故だって!?」
僕の命を奪ったあの事故のことが思い返される。
義史と美紀子が乗っていたバスが僕と同じものとは限らないが、だとすればよくぞ、此処まで死神の目を掻い潜ってきたものである。
「じゃあ、私たちはその事故で死んでしまったのね。どうりで、変なことばかりたくさん起こると思ったわ」
自覚はないようだが、恐らく何度か危険な目には合っていたようだ。余程、強運の持ち主のようである。
義史は美紀子の手を取り、その瞳を見詰めた。
「死んでたって構わないさ! それに、死んでからも一緒になれたんだから、素晴らしいことじゃないか!」
義史は物事を前向きに考えるようにしたようである。
「これからも、たくさん世界の景色を見せてあげるよ。幽霊だっていうのなら、その分、生きていた時にはできなかったことをたくさんしていこう」
「確かに、そうね!」
美紀子は頷いてピョンピョン跳び跳ねてみせた。
生前なら、そんなことも出来なかったのだろう。義史は元気な美紀子の姿に、笑みを浮かべた。
「さぁ、旅の続きをしよう。最後の場所についたら、言いたいことがあるんだ」
「なぁに?」
「そ、それは、今は言えないよ!」
義史は頬を赤らめ、プイッとそっぽを向いた。
当初の予定通り、各地を旅して最後のスポットでプロポーズをするつもりらしい。
美紀子も何となくそれを悟ったようで「楽しみにしてるわね」と、はにかんでいる。
これから二人の幸福な日々が──第二の人生が始まるようである。
今後は見守ってあげることはできないが、二人には幸せになって貰いたいものである。
「……まぁ、みんな、君に感謝しているってことだ」
野浦は要約して、そう解釈したらしい。
「大した礼もできないが、何か手助けが必要なことがあったら言ってくれ。できるだけ協力しよう」
野浦が白い歯を見せながら笑った。
今回の騒動に巻き込まれてから、初めて野浦が見せた優しげな笑顔であった。
「あの……。一つだけ、お願いしたいんですけど」
野浦のお言葉に甘えて、僕は一つだけ頼みごとをすることにする。
「ん? 何だ? 何でも言ってくれよ」
「ええ。ちょっと言い難いんですけど……」
僕が警察署を訪れた本来の目的──。
生き返るための協力を、野浦に仰いだのだった。
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