集結する死神たち
「きゃあっ!」
美紀子が悲鳴を上げて足を止めた。
彼女の視線の先の地面に、ヌッと腕が生えていた。
「あれは……」
見間違いかと思って目を瞬いたが、それは確かに腕であった。
地面から生え出たその腕は、周囲をビシバシと叩き始めた。
「……なんだ、ありゃあ?」
野浦も怪訝な顔付になる。
腕に続き、地面の中から突き出したのは兎の頭部である。次いで、恰幅の良い胴体──足が、順々に地中からせり出してきた。
一度、商店街で擦れ違っただけの未知なる存在──兎の死神。それが唐突に、目の前に現れた。
「え、えっと……」
いきなりの伏兵の登場に、美紀子と義史は困惑する。しかも、二人が死神と対面するのはこれが初めてのことである。驚いていたが、警戒心はまるでない。
兎がギロリと、二人に睨みを利かせた。
「そいつから離れて! 早くこっちへ!」
「あっ、はい……」
僕が叫ぶと、義史は美紀子の手を取り兎から離れた。
──ブルルルルンッ!
兎は顔を左右にブルブル振るうと、その場でジャンプをした。そのまま兎の体は地面を透過して地中へと消えていく。
完全に視界から消えてしまった。
「こっちです。早く逃げましょう!」
僕が手を振ると、三人が後に続いてきた。
視界の先──前方の地中から腕がヌッと突き出してきた。
「待って!」
僕は咄嗟に足を止めた。
腕は周囲を闇雲にパンパン叩いている。
どうやら地上の様子は、兎には見えていないようだ。触覚のみで、周囲の状況を把握しているのだろう。
──こちらの位置が分からないのであれば、余り脅威ではない。避けることは容易かった。
「腕に気を付けて。行きましょう!」
腕から距離を取りつつ、慎重にその横を通り過ぎていく。
背後で相変わらず兎は地面をバシバシ叩いていた。僕らが先に行ったことすら、地中の兎は気付いていないようである。
「フゥゥウゥゥッ!」
今度は、腕とは別の方向──お店の閉まったシャッターの中から声が聞こえてきた。
「危ない!」
僕は反射的に義史の体を突き飛ばした。
「うはっ!?」
不意打ちに身構えることもできず、義史は情けない声を出して地面を転がった。
義史が先程まで立っていた空間に向かって、シャッターからサーベルの刃が突き出す。
「ハァアァァーッ!」
吐息と共に、シャッターの中から顔を出したのは長身の狐であった。
「きゃぁぁああぁ!」
そんな長身の狐に気を取られていると、美紀子から悲鳴が上がった。
美紀子は地面から伸びた兎の手に、右足をガッチリと掴まれてしまっていた。
「みっ、美紀子っ!」
義史が、大ピンチの美紀子の元へと駆け寄る。
──最悪だ。
壁に半身を埋めた長身の狐と目が合い、ギロリと睨まれる。
この場にまさか、二体も死神が現れるとは──日の出までもう少しだというのに、絶体絶命のピンチが訪れた。
そう言えば以前、ひかりがこんなことを言っていた。
「霊体は死神を引き寄せるのよ。どこに逃げてもどんなに隠れても、まるで吸い寄せられるかのように死神たちは貴方に襲い掛かってくるでしょうね。特に、夜明け前は死神たちも躍起になるわ。どうにか霊体を消滅させようと、それこそ死に物狂いになるでしょうね」
──まさに、その通りの状況である。
しかも、さらに事態は悪くなるばかりであった。
──グモォオオォォ!
遠くから牛の雄叫びが聞こえてきた。
──こちらに向かってきている。
日の入りまで残り僅か──。
ラストスパートでも掛けるかのように、続々と死神たちがこの場に集結してきたのであった。
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