伝染する黒色のオーラ

 どうにも夜が長く感じられて仕方がない。

 日の出を迎えるまで僕らにできることといえば、ただこの商店街の中を逃げ回ることくらいである。

 道すがらに出会った義史と美紀子と、僕は行動を共にしていた。


 路地に入り、物陰からこっそりと通りの様子を伺う。──死神の姿はないようだ。

「あ、見て下さい。猫がいますよ!」

 そんな僕の隠密行動を無にするかの如く、義史と美紀子は堂々と僕の横をすり抜けて通りへ出た。

「あのねぇ……」

 僕は不用心な二人に頭を抱えたものである。

 義史と美紀子には、まるで警戒心がない。

 そもそも、死神の存在を知らないのだから仕方はないが──彼らの分まで僕が周囲を警戒していたが、二人はそれを上回る大胆さであった。

──危険な死神がうろついている。

 そう忠告したのだが、実際にその姿を見たこともない二人から、何の冗談だと笑われてしまった。

 だから聞く耳を持ってもらえず、二人の行動には慎重さの欠片もなかった。


 正直、一人で行動する方が気持ちが楽だ。

 いっそ二人を見捨ててしまおうかとも考えたが、それではすぐに死神の餌食になってしまうだろうから目覚めが悪い。

 一度、自分と千枝との姿を二人に重ねてしまったことから、親近感も湧いてしまった。とても、見捨てる気にはなれなかった。


 商店街を彷徨い歩き、それなりに時間は経過していた。──実のところ、日の出の時刻も近いだろう。二人に頭を悩ませるのも、もう少しの辛抱である。


「あっ!」

 ふと、義史が声を上げた。驚いたように、前方を指差している。

 彼の指差した先には、黒色のオーラを放った強面の男の姿があった。上着のポケットに手を入れながら、ガニ股に、こちらに向かって歩いて来ている。

──死神ではない。ただの、顔の怖い人間である。

 しかし、僕は脳裏で五十嵐と老人とが消滅した顛末を思い浮かべて体を強張らせてしまった。

──オーラを放っている、あの男に触れてはいけない。本能がそう警鐘を鳴らしてくる。

 僕は男を視界に捉えたまま、横に避けて道を譲った。

 強面の男は、ガニ股で通りを真っ直ぐに進んだ。当たり前であるが、霊体である僕らのことを彼は見えていないようだ。

 いよいよ何事もなく、強面の男が僕らの横を通り過ぎようとしたところで、不測の事態が起こってしまう。

「あの、すみません!」

 何を思ったのか、義史が強面の男に駆け寄った。そして、不用心にも、その肩に触れたのだ。

 強面の男を呼び止めるために、そうしたらしい。

「貴方みたいに体を黒く発光させている人を知りませんか? どこかに行っちゃって、捜しているんですけど……」

 体に触れたことで、義史の体は強面の男の体の中に吸い込まれるように入っていってしまった。──意図せず、憑依してしまったようである。

 強面の男──義史が目を瞬かせる。

 まさか、自分が強面の男の体に入り込んでいるとは露にも思わなかったようで、義史からしたら突然目の前から男が消えたように見えたようだ。目を瞬いて、驚いている。

「何をしているんだよ!?」

 僕は声を上げて、義史に駆け寄った。

 突然声を張り上げたので、義史はおろか側に居た美紀子まで肩をビクつかせている。

「あ、ごめん……。驚かせてしまったみたいで……」

「いえ。構わないっすよ」

 僕は美紀子に対して謝ったつもりだが、強面の男──義史が悪びれるようすもなく手を振ってきた。

 それが自身の相方だとも知らずに、美紀子は強面の男が会話に参加してきたので不思議そうな顔をしている。

「あの、えっと……」

「ん? どうしたんだ、美紀子」

 強面の男から名前を呼ばれたので、美紀子はさらに困惑してしまったようだ。

「わっ、と!」

 そんな強面の男から義史が飛び出してきてつんのめった。まだ上手く制御ができず、憑依状態が解けてしまったらしい。

「……ん? なんだぁ?」

 憑依状態が解けた強面の男は、周囲をキョロキョロと見回した。

 そして、何事もなかったかのようにまた歩き出した。


 突然、強面の男の体から義史が飛び出してきたので、美紀子は驚いたように声を上げた。

「まぁ、凄いわ! どうやったの、義史さん!」

「えっ、ああ、いやぁ……」

 目を輝かせる美紀子に対して、義史も何と返事をしたら良いものか困っていた。意図して憑依したわけではないので、義史には何が起こったのか理解できていないようだ。


 僕はそんな義史に、顔を顰めたものである。

 不必要に強面の男に触れてしまったため、義史の体からも黒色のオーラが発せられるようになってしまっていた。

 どうやらオーラを放つ人間に憑依すれば、伝染的にオーラを放つようになってしまうらしい。

「頼むから、余り勝手な行動はしないでくれよ」

 今更遅かったが、僕は義史を窘めた。

 僕だけならまだしも、義史まで黒色のオーラを放つようになってしまうとは──。

 仲間にも触れないように、神経を使わなければならなくなった。ただでさえ死神に対して神経を使わねばならないというのに、意識することが増えてしまった。


「ごめんなさい、本当に……」

 良く分かっていない義史であったが、僕に怒られたのでしょんぼりとなってしまう。余りにも萎縮してしまっていて、逆に可哀想に思えるくらいだ。

「分かって貰えればいいから。危険だから、余り迂闊なことはしない方がいいよ」

「……はい。気を付けます」

 義史も、少しは反省したらしい。

 これ以上、彼を責め立てても仕方がないので、僕は先を急ぐことにした。

「じゃあ、他に移動しようか」

 義史に背を向けた僕は──不意に、美紀子に腕を掴まれた。

「……えっ!?」

 咄嗟のことで、反応する暇もなかった。

「では、仲直りの握手をしましょう!」

 そのまま美紀子は、僕と義史の手を引っ張って握らせた。

「えぇええっ!」

 その手が触れた瞬間、僕は悲鳴を上げた。

──いきなり何をしてくれるんだ!

 脳裏に、消滅した五十嵐と老人の姿が過ぎった。


「きゃあっ!?」

 僕が悲鳴を上げたので、美紀子もそれに驚いて悲鳴を上げた。

「どうなさいました?」

 目を丸くしながら、美紀子が僕を見遣る。

「いや……どうもこうもないんだけど……」

 僕と義史に触れたことで、美紀子までも体から黒色のオーラを発している。

 いや、それよりも──。死を覚悟したものだが、僕の体に変化はなかった。

 勿論、何もないことに越したことはないのだが、何故僕と義史は消滅しなかったのだろう。

 翌々思い返してみると五十嵐と老人が消滅した時には、五十嵐が発していたのは白色の光であった。

 もしかしたら消滅するのは、黒色のオーラを放つ者と白色の光を放つ者とが触れ合った時だけなのではないだろうか。

 僕と義史が放っているのは、両者とも黒色のオーラである。条件を満たさなかったので、消滅することがなかったのだろう。


 僕は自分の手の平を見詰めた。微々たるものであるが、何かにビリビリと引き寄せられるような感覚がする。

 そういえば、五十嵐もそんなことを言っていた。その時に、ついて行った先に居たのは、黒色のオーラを放った小太りの男だった。

 僕は、引力を感じる方向に手を伸ばした。

──この先に、白い光を放つ者が居るということではないだろうか。

 光と闇とが惹かれ合う──そういった類いの感覚なのかもしれない。


「これでみんな、お揃いになりましたわね」

 黒色のオーラを放つようになった美紀子はどこか満足気で、嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべていた。

 そんな美紀子を責め立てる気にもなれず、僕は深く溜め息を吐いたのだった。


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