引き寄せられた先にあるもの

「こっちだ、こっち!」

 五十嵐が先導して走り、僕に手招きをする。

「こっちだ! こっちの方から引き寄せられている」

 白く発光する五十嵐が感じるという『引っ張られるような感覚』の正体を突き止める為、僕は五十嵐の先導のもと商店街を進んでいた。

 五十嵐は冗談か本気かは分からないが「魔法のチカラが芽生えた!」などと、瞳を輝かせて喜んでいる。

「導かれるままに進んで行けば、もしかしたら死神に対抗できる武器とかこの状況を打開できるアイテムだとかを、手に入れられるかもしれねぇぞ!」

 五十嵐の妄想はどんどん膨らんでいった。

「近いぞ、あっちだ!」

 五十嵐の言葉に熱が入る。前方を指差した。

 早足の五十嵐を追って角を曲がると、思わぬ出会いがあった──。


「なんじゃい。光り輝いておる奴が居るぞい」

 路上に腰を下ろしている無精髭の老人と目が合う。

「ほんとだ、ほんとだ! 凄いや!」

「どういう原理なのかしらねぇ」

 野球帽子を被ったジャージの青年とツインテールの女性も、好奇の目を五十嵐に向けた。

 三人は幽霊であろう。僕らの姿が見え、且つ五十嵐の発光も見えているようで、気になって声を掛けてきた。

 死神がウヨウヨ居るこの危険な商店街で、他の霊体たちと出会すとは露にも思っていなかった。

「あなた達は、ここに住んでいるんですか?」

 僕が尋ねると、老人が代表して手を振るった。

「いいや、いいや。さっき此処に流れ着いたばかりじゃよ。どこか泊まれる場所はないかと、宿を探しておったところじゃ」

 三人は、流れ者であるらしい。

 その落ち着きぶりから、もしかしたらまだ死神とは遭遇していないのかもしれない。

「あんまりジロジロ見るんじゃねーよ!」

 五十嵐が睨みを利かせる。

 僕はそんな五十嵐を放っておいて、老人たちに質問を投げ掛けた。

「三人はお知り合いなんですか?」

「うん」と、今度はツインテールの女性が頷いて答える。隣に居る青年に腕を絡めながら「私と義史は幼馴染なんですよ」と、頬を赤らめていた。

「はぁ、そうなんですか……」

 男の方は遠山とおやま義史よしふみというらしい。

 相良さがら美紀子みきこはクスクスと小悪魔的な笑みを浮かべて義史に顔を近付けている。

「見せつけんじゃねーよっ!」

 五十嵐が面白くなさそうに眉間に皺を寄せた。

「あら、ごめんなさい」と、美紀子は義史から手を離した。

「悪ぃが、俺は急いでいるんだよ。なんせ、この力の正体を確かめなきゃ、なんねーんだからな」

 五十嵐が拳を突き上げた。

──どうやら、この三人は五十嵐の目的とは違うようだ。


 不意に、五十嵐の表情がパアッと明るくなる。

「おっ、近いぞ、近いぞ! パワーの源が、こちらに近付いてきているっ!」

 酔いしれるようにそう叫んだ五十嵐は、前方の曲がり角を指差す。

 自ずと、僕らの視線はそちらに向いた。

 そのパワーの源とやらに呼応するかのように、心なしか五十嵐から発せられている光量も強くなっているような気がした。

「おっ、おっ! ビンビン来るぜ! まるで、吸い寄せられるみてぇだ! ハハッ!」

 毛を逆立てた五十嵐が、豪快に笑った。本当に、何かしらの力が働いているかのようである。


 曲がり角の向こうから、禍々しい黒色のオーラが発せられているのが見えた。

 清らかな五十嵐の白色の光に対して、こちらは余りにも邪悪な漆黒のオーラだ。

 鬼が出るか蛇が出るか分からず、僕は息を呑んだものである。

 警戒を強める中、曲がり角から現れたのは──。

「あ……あれっ?」

 身構えていたが、思わず拍子抜けしてしまう。

 やって来たのは化物や死神でもない。──ただの一般人の男性であった。

 しかも僕には、その男の顔に見覚えがあった。

 鉄板焼き屋で、長身の狐が初めに憑依していたティーシャツにデニム姿の小太りの男である。

 それが、全身から黒色のオーラを放ちながら角を曲がってきたのである。

「な、なんだい。ありゃあ……」

 五十嵐も落胆していた。散々期待していたのに、蓋を開けてみれば現れたのは一般人であった。


「うーん、何だろうぅ。こっちの方に引っ張られるような気がするなぁ……」

 小太りの男も五十嵐と同様に、不思議な感覚に囚われているらしい。口の中でモゴモゴと呟きながら、こっちに歩いて来ていた。

 老人は目を凝らして小太りを見た。

「……いや。何かあるようには見えんがのぅ。何があるっちゅうんじゃ?」

「こっちが聞きてぇや!」

 五十嵐は自身の頭を掻き毟った。

「ふむぅ……」

 五十嵐の反応を見た老人は何を思ったのか、小太りの男に近付いて手を伸ばした。

「あっ、ちょっと!?」

 僕が声を掛ける間もなく、老人は小太りの男の体に触れた。すると、太っちょを覆っていた禍々しいオーラが、徐々に老人の体にも移っていく。

「ほわぁっ!?」

 老人が、驚きの声を上げた。反射的に手を離していたが、一度触れればそうなってしまうらしい。老人の体からも黒色のオーラが放たれていた。


 小太りの男は、そんな老人の気配に気付かず、その横を通り過ぎて行った。

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