長身の狐は人間に憑依する
段々と夜が更けていき、営業を終えてシャッターを閉める店も増えていた。
僕は身を潜めるため、たまたま目に入った鉄板焼き屋の建物の中に入った。
酔っ払いサラリーマンの体に憑依して追跡をまいたが、老人の死神はまだこの辺をウロウロしているようだ。
一般客を装って店の中に入った僕は、出された水に口をつけた。
「老人と牛か……」
それらが今回、僕が遭遇した死神だ。
厄介な連中であるから、果たして夜が明けるまでどのように逃げ切ろうかと、頭の中で色々と算段したものである。
窓から通りの様子を伺う。──死神の気配はない。
彷徨っていた老人も、諦めて何処か別の場所に行ってしまったようである。
取り敢えずは一安心とばかりに、僕は息をついたものである。
『おおーっと! 打ちましたー! 満塁ホームラン! これで、逆転になります!』
壁掛けテレビから賑やかな歓声が聞こえてきた。
野球中継が放送されていて、選手がゆっくりとベースを回っているところが写っていた。
誰も興味はないようで、お客らは目を伏せながら黙々と鉄板焼きを頬張っていた。
──ガラガラ!
テレビに注意を向けていると、店の引き戸が開いた。新たにお客が来たようだ。
「いらっしゃい!」
カウンターの中から、店員が威勢良く声を上げる。
「……ん? あの、お客さん……?」
ところが、次に店員は困ったような表情を浮かべた。
入店してきたのは、ティーシャツにデニム姿の男性で小太りであった。
見た目にはよく居る普通の大人しめの男性であるが、白目を向いて口からヨダレを垂らしていることから精神状態がまともではないようだ。
「大丈夫ですかい……?」
店員も厄介な客が来たと訝しげな表情を浮かべていたが、一応に心配の声を掛ける。
小太りの男は店員には言葉を返さず、代わりに立ち竦んだままガックリと脱力をした。
小太りの男の体から、何か煙のようなものが吹き出す。耳や口や鼻──男の穴という穴から煙がモクモクと噴出し、何かを形成し始める。
「もしもーし。お客さーん、大丈夫ですー?」
尚も、店員は小太りに呼び掛けている。どうやらその煙は、店員らには見えていないらしい。
噴き出た煙が集まっていき、四肢を形成していく。そこに現れたのは、スラリと面長な長身の狐であった。
「なっ!?」
不用意に驚きの声を上げてしまった僕は、長身の狐からギロリと睨まれてしまう。
「ん……あれっ?」
長身の狐に依り代とされていた小太りの男は、憑依が解けたことで意識を取り戻したようだ。何故自分がこんなところに居るのか覚えていないようで、激しく視線を動かしてキョドっていた。
僕はそんな小太りの男から視線を外し、目の前に立ち塞がった死神──長身の狐へと全神経を集中させた。
次に相手がどんな行動を取ってくるか、まったく予想がつかない。
「グアァッ!」
長身の狐が声を上げ、僕へと襲い掛かってきた。
背中からサーベルを取り出すと、こちらに向かって突いてきた。
僕は酔っ払い男に憑依中だというのに、問答無用のようである。
しゃがんだり後ろに跳んだりしながら、サーベルの攻撃を躱していく。我ながら随分と機敏に動けたものである。
店員たちが、突如店の中で暴れ出した僕に驚いていたが、緊急事態なので仕方がない。こんなところでむざむざとやられる訳にはいかない。
長身の狐の攻撃も、そこまで早いものではない。よく相手の動きを見れば避けることは容易であった。
攻撃をなかなか当てられないもどかしさから、長身の狐はかなり苛立っているようだ。
ふと、長身の狐は手を止めてサーベルを納めた。
「あれっ?」
一瞬、諦めたのかと気が緩んだが、そうではないようだ。
何を思ったのか、長身の狐は僕の横をすり抜けてカウンターの中にいる店員の体へと入り込んだ。
「うげっ、えげっ……!」
途端に、店員は先程の小太りの男と同様──白目を向いて、体を痙攣させ始めた。
僕は呆気に取られて、ポカンと口を開けたものである。
——その行為に一体、なんの意味があるのか。
ただ一つ言えることは、長身の狐が店員に構っていることで隙が生まれたということである。
長身の狐が次の行動を起こす前に、僕は鉄板焼き屋から飛び出した。
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