再び現れる老人の死神

 商店街の中を、僕と野浦は周囲を警戒しながら慎重に進んでいた。

「朝までなんとか逃げ切りましょう。そうすれば、死神たちもいなくなりますから、それまで何とか堪えるんです」

 改めて、歩きながら野浦に伝える。

 それ以外に、無事に明日を迎えることはできない。

 どうにか、このまま死神たちと出会わずに朝を迎えたいものである──。

 しかし、そんな期待は脆くも打ち砕かれてしまう。


──ワジャワジャワジャ!


 ゴニョゴニョとした呟き声が聞こえてきて、僕は背筋を凍らせた。

 その声には聞き覚えがあった。

 視線を向けると、通りの先に杖をついた頭の大きな老人が立っていた。

「こ、こいつは……!」

 野浦も表情を強張らせた。

 警察署で、野浦の同僚である青年刑事や制服警官を消滅させた老人の死神——。それが目の前に居たのだ。


──ワジャワジャワジャ!


 老人はこちらに気が付いているようだ。徐々にこっちに向かってきていた。

 数秒に一回、静止した老人の残像が現れる。また数秒後には、別の場所に老人は現れた──。

「こっちに来ます。隠れましょう!」

 僕は叫んだ。

 通り掛かりの女子校生に憑依した。


 次の瞬間、僕の目の前に老人の姿が現れる。老人は上目遣いに、探る様な目をこちらに向けてきた。

「ワジャワジャワジャ……」

 近くで声がしている。

 その姿は捉えられないが、確実に老人は僕のすぐ側にまで来ていた。


──ワジャワジャ!


 頬を汗が伝い、死を覚悟した。

 だが、老人も僕には攻撃ができず諦めたようだ。コマ送りに、僕から離れていく。

 生者に憑依すれば手出しができないタイプの死神らしく、僕はホッと胸を撫で下ろしたものだ。


 これは大きな収穫であった。老人の死神に対しては、生者に憑依することが有効であるらしい。

 この一夜を生き残るために──活路を見出すためにも、とても重要な情報であった。

 僕は「今のうちに離れましょう」と、リュックサックを背負った眼鏡青年に憑依している野浦に手を振った。

「ああ。早く逃げよう」と、野浦も声を潜めながら頷いた。


 老人を警戒しつつ、その場から離れようと二人で歩き出したその時である──。

「グォオオォォオォン!」

 どこかで雄叫びが上がった。

──牛の咆哮だ。

 次いで、地面が揺れるような感覚に襲われる。

 何ともタイミングが悪いことだろうか。

 牛は咆哮を上げたのと同時に、斧を振り下ろしたらしい。憑依が解けて僕の体は、依り代である女子校生の体から飛び出してしまった。

「あれっ!?」

 僕だけではない。

 野浦も同様に、リュックサックの男の肉体から放り出されて地面に膝をついている。

「……まずい!」

──何とも厄介な能力であろうか。

 不測の事態に困惑する余り、注意が散漫になってしまっていた。

 顔を上げると、こちらに向かってニタリと笑みを浮かべている老人と目があった。

──だが、その老人の姿は残像でしかない。

 本当は、もっと近くに迫ってきているはずだ──。

「逃げないと……!」

 そのことに気が付いた時には遅かった。

「ぎゃぁあぁぁああぁああ!」

 野浦の悲鳴が響き渡る。

 右の手首から先が消滅した野浦が、地面を転げていた。

「大丈夫ですかっ!?」

 僕は心配したが、それ以上野浦には近付けなかった。──野浦の側に、老人の死神が居る。

「ワジャワジャワジャ……」

 囁き声が近くから聞こえてきたので、僕は反射的に後ろに飛んでいた。

 すると、元居た場所に両手を広げた老人の姿が浮かんだ。

──危ないところだった。少しでも反応が遅れていれば、抱きつかれていただろう。


 僕は老人に向かって叫んだ。

「遅いぞ! ついて来いっ!」

 そう言って走りながら、野浦に顔を向ける。

「僕が囮になりますから、今のうちに逃げて下さい!」

 どうやら、老人は手負いの野浦ではなく、逃げ出した僕をターゲットに選んだようだ。

 老人の残像が、僕の後を追ってきているのが見えた。

「こっちだ! ついて来い!」

 再度、僕は老人に向かって叫ぶと、商店街を駆け出した。

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