老人の死神の脅威

 正面口の自動ドアが開いたので、僕らの視線は自然とそちらに向いた。

──入ってきたのは制服姿の婦警。

 警戒していただけに拍子抜けしたが、その開いた扉の向こうに異形の者の姿があった。

 頭が風船みたいに膨れた低身長の老人で、杖をついていた。老人はなぜだか片足を上げたままの体勢で、入り口の自動ドア前で静止している。

 老人は一つ目で、見るからに異形の者といった容姿である。

「うへぇっ! 何だあれ……」

 気味悪そうに老人を指差す五十嵐を、野浦が窘める。

「おいおい、そりゃあ、失礼ってもんだろうが」

 野浦も五十嵐を窘めこそしたが、どこか不審に思ったようだ。ジロジロと、探るような視線を老人に送っている。


 当の老人といえば、相変わらずその場に静止したままでピクリとも動かない。幽霊である僕らが居るというのに、襲って来る気配もない。

 だからといって、油断もできない。

 僕は老人から距離を取るように後退った。


「うわぁぁあっ!」

──悲鳴が、近くで上がった。

 スーツ姿の青年刑事が悲鳴を上げて、床に倒れた。彼の胴体──右脇腹辺りが、まるで抉りとられたかのようになくなっていた。

 さらに、僕はギョッとしてしまう。青年刑事の隣には、手を前に出している老人の姿があったのだ。

 自動ドア前で片足を上げていたはずの老人が、瞬間移動でもしたかのように、次にはその場所に現れていた。

 突然の同僚の負傷に、野浦が驚いたように声を上げる。

「おおいっ、道重! しっかりしろ!」

 野浦は、失くなった脇腹を押さえてくる青年刑事へと駆け寄った。


 青年刑事のことも心配であるが、なにより僕は老人から視線を逸らせずにいた。

──老人は手を前に出したまま静止している。やはり、動く気配はない。

 視界に捉えている間は動くことができない、だるまさんが転んだ方式の死神なのだろうか──。


「危険です! 皆さん、すぐにその死神から離れて下さい! 消されてしまいますよ!」

 状況が理解できていない人が多いので、僕は老人の死神から離れるように忠告した。

「お、おう……」

 目の前で不可解な出来事が起こったので、みんなは素直に僕の意見に従ってくれた。人の言葉に耳を貸さなそうな五十嵐も、老人から離れて間合いを取っている。

──老人は動かない。


 ところが、次の瞬間に恐ろしいことが起こった。

 片腕を失くした青年刑事──道重の首から上が、突如、消滅した。

 道重の体は頭を失ったことで生気をなくし、煙となって掻き消えてしまう。

「こりゃあ、どうなっているんだ!?」

 同僚が目の前で跡形もなく消え去ったので、野浦も驚いていた。

「ひっ、ひぃいっ!」

 五十嵐が情けない声を出し、怯えた表情で新たに現れた老人へと視線を向けている。

 床にしゃがみ込み、両の拳を振り上げる老人の姿がそこにあった。

──どうやら、僕らが見ている見ていないに関わらず、老人は動いているようだ。

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