銃の抑止力

「手をあげてもらおうか!」

 野浦は懐から拳銃を取り出すと、銃口をしゃがんだまま制止する老人に向けた。

 しっかりと狙いをつけながら、野浦は老人に近付いていった。──老人は微動だにしない。


──ふと、その場から老人の姿が消失する。

「うはぁっ!?」

 僕は慌てて周囲に視線を走らせた。

 カウンターに片手を乗せて上ろうとしている老人の姿が目に入った。


 これに驚いたのは、カウンターの中に居た制服警官──千葉である。自分が次の、老人のターゲットにされていると察すると、慌ててカウンターの中から飛び出してきた。

 僕は老人の動向を探るべく、じーっと見詰めた。

 老人は相変わらずカウンターに片手を乗せたまま足を浮かせていた。そこから何の、動きもない。

 しかし、考えてみればその光景は妙である。両足を浮かせているというのにカウンターに上がろうともしないし、逆に床に足をつけようともしない。片手で自重を支えて、宙吊り状態で静止している。

──何故、そんな不自然な体勢で止まっているのだろうか。

「もしかして……」

 ふと、ある閃きが浮かぶ。

 これまで数々の死神との死線を潜り抜けてきたことで、僕の脳細胞は冴え渡っていた。

──だが、まだ確証があるわけではない。

 それでも、注意勧告とばかりに声を上げた。

「見えている姿が本体とは限りません! 危ないですから、もっと離れて下さい!」

──しかし、少し遅かったようだ。

 千葉がバランスを崩して床に倒れた。

「ぎ……ぎゃぁあああっ!」

 そんな千葉の左足が、まるまるなくなっていた。

「た、助けて下さい!」

 潤んだ瞳を僕らに向ける千葉の前に、今にも襲いかからんとする老人の姿が現れた。

──しかし、実際には、それは襲い掛かった後の姿なのだろう。

 千葉の頭部が消滅し、彼の体は道重同様に煙となって消え去ってしまった。


 どうやら、僕らの目に見えている老人は幻影か──或いは、彼の動きの一瞬を切り取った姿なのだろう。そこに老人の姿があるからといって、油断してはならないということだ。

 老人がすぐ側まで迫ってきているということを念頭に入れながら、周囲を警戒しなければならない。

「千葉ちゃん……あんたまで……」

 同僚が二人も目の前で消されたのだから、野浦がショックを受けるのも仕方がない。

──バーン!

──バーン!

 野浦は怒りに任せて銃を撃った。

 しかし、その弾丸は老人の体をすり抜け、壁や床に穴を開けるだけであった。

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