ご近所の荒くれ者
電車を下り、駅のホームに下りたところでセンチメンタルな気分に浸ってしまう。
学校に通うために、毎日利用していた電車──。
しばらく使っていなかっただけで、ずいぶんと懐かしく感じられた。
普段なら見向きもしなかった構内の広告にも、思わず目を向けてしまう。
改札を抜けて、ロータリーへと出た。
眼前に広がるその景色に、僕は息をついた。
──僕らが生まれ育ったこの町は、別に都会という訳でもない。駅前に商業施設や高層ビルが建っていることもなく、人家が建ち並んでいるだけなので見渡しは良かった。
そんな、なんの特徴もないこの町で僕と千枝は生まれ育ったのだ。
「へぇー。此処が貴方の故郷なの?」
後ろから声がして、振り返るとひかりが居た。
昨夜の疲れもあって、ひかりの表情からは疲労の色が伺えた。電車の中で少しは寝たとはいえ、まだ声も掠れている。
「うん。そうだよ」
僕は頷いた。
千枝と会うのに、第三者であるひかりを同行させることには迷いもあった。まぁしかし、事情を説明するためにも付いて来てもらった方が円滑に進むような気がした。
霊体の僕一人では、それこそ千枝と会話を交わすことすらままならない。
僕とひかりは住宅街を連なって歩いた。
しばらく進んで、前方に見えた二階建ての瓦屋根の一軒家を指差す。
「あそこが僕の家だよ」
ひかりに説明しながら、ふと両親の顔が頭に浮かんだ。そう言えば、父さんや母さんはどうしているのだろうか──。
ついでばかりと思い出した両親も、僕が死んだと知ると悲しんでいることであろう。そう思うと、胸が痛んだものだ。
「……それで、あそこが千枝の家だよ」
僕はそんな悲壮感から目を逸らすかのように、次いで自宅の隣にある白壁の家を指差した。
ひかりは「へぇー」と、驚いたように声を上げた。
「彼女さんと、随分と近いところに住んでいるのね。まさか、お隣さんだとは……」
「千枝とは幼馴染なんだ。昔から一緒に、過ごしてきたんだ」
「ふーん……。それで、そのまま恋心を抱いてくっついちゃったってわけね」
身も蓋もないことをひかりが言うので、僕は苦笑いを返した。
ひかりとそんなやり取りをしていると、向かいの家のドアが開いて短髪で強面の男が表に出てきた。
「まずいなぁ……」
思わず僕は体を強張らせたものだ。
そんな僕の様子を見て、ひかりは首を傾げている。
「どうしたの?」
「お前ら、何を見てるんだっ!」
突如、強面の男が僕らに睨みを利かせながら怒声を上げてきた。
「す、すみません……」
僕はペコペコと頭を下げた。
「こっちを見るんじゃない!」
一応、謝罪をしてみるが、短髪の男の気持ちはおさまらなかったようだ。拳を振り上げ、今にも襲いかからんという勢いでこちらを威嚇してくる。
「逃げるよ。こっち!」
僕はひかりに促し、慌ててその場から駆け出した。
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