叫び声の意味

 それは、不慮の事故としか言い様がない出来事であった。


──ブモォォオオッ!


 何処か遠方から鳴き声が聞こえたかと思えば、次の瞬間には僕の体は宙を舞っていた。

「えぇっ!?」

 決して避けることのできない超スピード──。猪の死神から、奇襲の体当たりを食らった。

 ひかりの体に憑依していて良かった──。


 お陰で僕は無傷であったが、元居た場所からは遠く弾き飛ばされてしまう。

 ひかりと逸れ、現在位置も見失ってしまった。

 ここがどこかも分からぬまま、僕は廊下の床に体を叩き付けられた。

「やれやれ……」

 格好良く走り出したが、初っ端から出鼻をくじかれてしまった。

──まぁ、狼から距離が取れたと考えれば、そう悪くもないのかもしれない。

 しかし、困ったことに現在地が分からないので、どちらに進めば良いかも分からず動けなくなってしまった。下手に動き回って狼と鉢合わせるのが一番マズい事態である。


 立ち竦んでいた僕の耳に、どこか遠くから微かに声が聞こえてきた。

「こっちよぉおおおぉお!」

──それは、ひかりの叫びである。

 初めはその意図に気付けなかった。

「ここに居るわぁあああ!」

 何度も何度も、そんな叫び声が聞こえてきたのだ。


 どうやらひかりは僕に、居場所を伝えてくれているらしい。

 屋敷の中をこれまで散々駆け回り、管理者室で全体マップを見たので、僕の頭の中にはある程度の屋敷の地図が生成できていた。

 屋敷は二階建てで東西南北、四つの館に分かれている。シンメトリーに建てられた八角形の構造で、頭に思い浮かべるのは容易であった。

 ひかりが居場所を教えてくれているお陰で、脳内にマッピングすることもできた。

 さっきまで僕らは北館の一階に居たはずだ。そこからひかりが叫んでくれているのだとすれば、現在、僕が居る場所は方角的に東館であろう。

 それも、声との距離からして、随分と南館寄りに飛ばされたようだ。

「こっちよぉおおぉおぉ!」

 尚もひかりは叫び続けていた。

 こんなところまで響いてくる程の大声である。喉への負担は相当なものであろう。


「北館から、こちらに向かって移動してきているな……」

「こっちぃぃいい!」

 しかし、それにしても、単に自分の居場所を知らせるだけにしては余りにもひかりの叫びはしつこい。

 もしや、他に何かしらの意図があるのか。

──ふと、僕はあることに気が付いてハッとなる。

 ひかりの近くには狼と羊の死神が居たはずだ。

 もしかしたら、その死神たちの居場所を教える意味でひかりは叫び続けているのかもしれない。

「逃げてえぇええぇええ!」

 次のひかりの叫びで、その考えが確信へと変わる。

 だとすれば、ひかりの叫び声から遠ざかって行けば、狼と鉢合わせることはないということだ。


 ひかりの叫び声から遠ざかるように、僕は南館へと向かって駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る