烏は幽霊を啄む

 地下三階——第三会議室では、奇妙なやり取りが行われていた。

 嵐山が霊体である木下相手に電話を通して会話をしていた。

 ただの人間である嵐山が霊体である木下と意思疎通そつうを図るには、こうしてツールを用いてやり取りをする他ない。

 テーブルに置かれた『通話中』と液晶画面に表示された携帯電話を前に、嵐山は別の携帯電話を耳に当てながらつぶやいた。

よろしいのですか? お仲間に引き込まなくても……」

 すると、スピーカーから木下の声が聞こえてきた。

『ああ、構わない。言っても分からない奴は、後々邪魔になるだろうからさっさと消えてもらった方がいい。駄目なら、次の奴を探せばいいだけだ』

「はぁ……」

 嵐山は木下の言葉に相槌あいづちを打つ。

「それで、次はいかがなさいますか?」

『テレビの出るのも飽きてきたからな。そろそろ国を相手に行動を起こすとするか。一国家を俺たちのものにして、さらに俺たちの力を世間に知らしめてやろうぜ!』

「おおっ! 素晴らしい! さすがは木下様だ!」

 嵐山は余程よほど、木下のことを崇拝しているのだろう。瞳をキラキラと輝かせ、感嘆かんたんの声をらした。

「人々に見向きもされなかったこの八百万やおよろず九十九つくも教を、わずか数日でこのような地位にまでのし上げてくれたのですから、本当に、貴方様には感謝しております」

『ふっ、さえずるな。俺にとっては、お前もただの道具でしかねーんだ。余計な感情はいらねーから、お前はただ俺に言われたことだけをやっていれば、それでいいんだ』

「はい。勿論もちろんですとも!」

 嵐山は手をすり合わせながら何の迷いもなく頷いて見せた。


 そんななごやかな場に、突如とつじょとして乱入する者があった。

 初めにその者の存在に気が付いたのは、こちらを正面に座っていた木下だ。

「ば、馬鹿な……! 何故なぜ、お前が此処ここに!?」

 部屋に飛び込んだ者——僕と木下の視線が交錯こうさくする。

 木下は、僕が既に死神の餌食えじきとなっているとでも思っていたのだろう。そんな僕が突然目の前に現れたのだから、かなり驚いて動揺していた。

——お陰で木下は、あることにまで神経を向けられていないようだ。

 それは僕にとっては好機である。そのすきをついて真っ直ぐに、木下に向かって走った。

「死にぞこないめが! やるってぇのか!」

 木下は勢いよく立ち上がると、拳を握って構えた。

 幽霊同士の殴り合いとは滅多にないだろうから見物である——。いささか興味はあったが、僕の目的は他にあった。

 木下の眼前で僕は急な方向転換を決める。

 僕の狙いは木下などではない。──嵐山だ。

 嵐山の体に体当たりをし、そのままフリーとなっていた彼の体に憑依ひょういをした。

「何だと!?」

 木下は目を丸くした。正常な思考であったなら、嵐山の体を乗っ取られる可能性も考えられたかもしれない。

 ある意味、奇襲きしゅうと僕の突飛とっぴな行動がこうそうしたといえるかもしれない。

 木下は自分が安全地帯に居ると慢心まんしんし、嵐山の体から抜け出てしまっていた。——それが木下の敗因であろう。


 嵐山の肉体に憑依した僕は、これまでの緊張の糸が切れて床にへたり込んでしまう。

「や、やった……。やったぞ……!」


──アァァアァアァァアアッ!


 遠くから、からすの悲鳴が響いて来くる。

「な、馬鹿な! ふざけんじゃねーぞ!」

 木下は僕に向かって掴みかかって来た。

 でも、僕は動じない。

 段々と木下の表情に焦りの色が濃くなってきた。

「おいおいおい! ふざけんなよ、マジで!」

 木下は僕を突き飛ばすと、わめき散らした。テーブルを蹴り飛ばし、携帯電話を壁に向かって思い切り投げ付けた。

 僕は錯乱さくらんする木下に向かって、冷静に言ってやった。

「油断をしましたね。僕が部屋から出て行ったから大丈夫だと思ったようですが、戻ってくることは想定していなかったみたいですね。此処は鳥籠とりかごなんですから、気を抜いちゃ駄目ですよ。特に、相手を陥れようとしている時はね」

「ぐぬぅぅ!」

 木下は悔しそうに唇を噛んだ。


──アァァアァアァァアアッ!


 地下三階に烏の悲鳴が響く。すぐ側まで迫ってきている。

——せめて、気付いた時点で助けを呼んでいれば、少しは木下にも助かる可能性はあったかもしれない。僕に怒りをぶつけている場合ではなかったのだが、今となってはどうしようもない。

 僕とて、この嵐山の体を木下に差し出すつもりもない。そうすれば、代わりに僕が犠牲になるだけだ。さすがに、自分をおとしいれようとした木下相手にそんな気にもなれなかった。

「ゆ、許さねぇぞ。て、てめぇ……!」

「自分でまいた種なんですから、敵意を向けるのはやめてもらえませんかね」

「糞がっ! 俺の、世界征服の野望が……世界を牛耳ぎゅうじる計画が……。俺は……普通の奴らとは違うんだ! こんなところで終わってたまるか!」

 悔しそうに顔をしかめる木下の前に、巨大な烏が姿を現した。

 漆黒色の体毛に覆われたその異形いぎょうの烏は、翼の先に付いた鉤爪かぎづめで木下の体をガッチリとわし掴みにする。

「や、やめてくれっ! あぁぁぁああああああ!」

 悲鳴を上げる木下を、烏は問答無用に鋭いくちばしついばんだ。腕を引き千切られ、頭をがれ——徐々に木下は生気を失っていった。


 一歩間違えば、ああなっていたのは僕である。

 僕はゴクリと息を飲みながら、目の前で繰り広げられる凄惨な光景をただ呆然と見詰めた。

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