暗闇の攻防戦

 死神が僕の姿を見失ったのは、ほんの一瞬のことであった。

 背後から慌ただしくトタトタという足音が響き、こちらを追尾してきている気配を感じた。

 その間にも僕は進み、ようやく上階へと通じる階段を見付けることができた。

 段差を飛ばしながら一気に階段を駆け上がる。

「よし! 地上まで逃げられるぞ!」

 向こうが僕の存在に気付くのが遅れたこともあり、死神との距離にはゆとりがあった。

 逃げ切れることを確信した僕は、地下一階に通じる扉を開けた。


──バサッ、バサッ、バサッ!


 ふと、階下から何かが聞こえてきた。翼を羽ばたかせるようなその音——。

 何を思ったのか、僕はその場で足を止めた。

 その瞬間、床から二つの突起が僕の目の前に突き出した。それらは、現れたのと同時に素早く閉まる。

 真下に居る死神の巨大なくちばしであった。獲物えもの捕食ほしょくするために、嘴は何度も何度も床から突き出してきて開閉した。

 そのまま素直に進んでいたら、危うくついばまれていたところであった。


 次に、床から巨大な死神の頭部がゆっくりとせり上がってきた。床を透過して姿を現したのはからすであった。本来、目がある部分に眼球はなく、顔の真ん中には嘴があるだけだ。

──やばい!

 本能的に危険を察した僕は、烏が次のアクションを起こしてくる前に階段を駆け下りた。

 何故、来た道を戻るのかと質問されれば、頭がパニックになって正気を失っていたから、としか答えられない。

 せっかくここまで進んできたのに、僕は逃げ場のない地下へと自ら戻っていった。


 階段を下りて地下二階に戻った僕は、壁に張り付きながら中の様子を伺った。

 天井から巨大な烏の鉤爪かぎづめがぶら下がっている。烏は地下二階から天井を上がって、完全に地下一階へと移動していた。

 僕はそんな烏の足元を走り抜けた。

 散々迷ったので、地下二階フロアー構造は把握できている。

 僕が目指したのは地上ではない。──地下三階へと通じる階段を目指して、僕は来た道を逆走したのだ。

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