木下教団の事務所に潜入
テレビ出演をしている木下が終わりに何処へ向かうのかスケジュールが知りたくて、僕は木下教団の事務所を回った。一日掛かりで事務所を渡り歩いたが、もしかしたら直接テレビ局へ向かった方が木下と早く出会えたかもしれない。
夕方近くなったが、いまだに足取りを掴むことはできていない。
次に僕は、山に囲まれた田舎町にある『木下教団のご近所支部』という建物に辿り着いた。
「ここはどうかなぁ……」
何件か木下教団の事務所を回ったが、何ら情報を手に入れることができていないので期待は薄い。
センサーで感知して自動で開く木製の観音扉を潜って建物の中に入るとカウンターがあり、そこで受付嬢が書類に目を落としていた。
扉が開いたので受付嬢は一度顔を上げたが、誰の姿も見付けられなかったので不思議そうに首を傾げている。
「故障かしら?」
勿論、霊体である僕が侵入したことなど気が付いていない。
受付嬢は再び視線を書類に戻した。
僕は手頃に居るこの受付嬢に近付くと、そっとその体に触れる。途端に僕の体は受付嬢の肉体へと吸い込まれていく——。
「よし!」
受付嬢に憑依した僕は、書類の束をパラパラと捲った。どこかに嵐山や木下に繋がる情報はないだろうか——。
マウスに手を動かしながらパソコンを操作していると、廊下の奥から明るい声が響いてきた。
「ハロ~っん、ハァッ! お元気か~ねぇ?」
廊下の奥からスキップでやってきたのは、髭を蓄えた中年の男である。腹が出ているのと首元に蝶ネクタイを巻いているのが印象的な彼は、人の良さそうな笑みを浮かべながら僕──もとい受付嬢に手を振ってきた。
僕はどう返事をしたらよいものか困って、口籠ってしまった。
他にも教団の事務所を回って来たが、こうもテンションが高く絡み辛い人物とは巡り合っていない。
僕が黙っていると男は堪え兼ねたのか、突然奇行に走り始めた。ピョンとその場で跳んで半回転すると、腰を反らせて膝を弾ませた。
「どうかな~、どうかな~。調子の方は、どうかな~。まだかな~、まだかな~」
待ち侘びた子どものように、澄んだ瞳でこちらを見詰めてくる。
「あ……えっと、好調です……」
僕は呆気に取られつつも、相手が返事を待っているので適当に言葉を返した。
すると男は、両手を挙げて喜んだ。
「それは良かった~! 良かった~は、素晴らしい!」
「は、はぁ……」
何だかこっちまで恥ずかしくなってしまう。
——この男は何をしているのか。まるで馬鹿にでもされているかのような気分になる。
「素晴らしいねー、うんうん。大変よくできました~」
ニコニコと笑みを浮かべる男に、僕は段々と怒りが込み上げてきていた。一発殴って、そのわけのわからない口を黙らせてやろうか——そんな暴力的な考えを頭に思い描いていると、憑依状態が解けて僕は床に投げ出されてしまう。
不意に意識を取り戻した受付嬢は、目の前に髭面の男が立っていることに驚いて瞬く。
「おんや~、どっした~の?」
男が腕を組み演技臭く左右に小首を傾げると、受付嬢はハッとなって我に返った。勢いよく立ち上がると、受付嬢はありったけの声量で叫んだ。
「専務様ー! お仕事、順調でぇぇえすッ!」
専務と呼ばれた男はパチパチと拍手を送る。
──何だ、このやり取り。
正直、ついていけない。教団の信者だけにしか分からない特別な関わりなのだろうか。
僕はひたすらに困惑していた。
——まぁ、憑依状態の解けた今となっては、いつまでも付き合う謂れはないのだけれど。
何だか気疲れしてきたので、僕はこの場を去ることにした。木下の足取りも掴めなかったので、長居をしている理由もない。
他を当たろうと、僕は事務所の入り口に向かって歩き出した。
「嵐山様はどちらにぃ?」
専務の声が耳に入ってきたので僕は思わず足を止めた。
タイミング良く僕が知りたい情報を口にしてくれた。振り向いて聞き耳を立ててみる。
受付嬢は床を指差した。
「ええ。地下の第三会議室にて、お待ち頂いておりますよ」
──お待ち頂いて?
ということは、嵐山は都合よくこの建物に来ているらしい。そうなると、木下も嵐山の側に居るだろうから此処に来ている可能性が高い。
受付嬢に教えられると、専務は棒読みに「何だと! それは、早く行かねばな!」と叫んだ。そのままトタトタと専務は廊下を走って行った。
どうにも、その一挙手一投足が不自然に思えてならない
専務と受付嬢の会話からは、誰かを意識しているような目論みが感じられた。
しかし、この場には僕以外の他には誰もいない。誰かに対してといっても、誰に対してであろう。まさか幽霊である僕に、彼らが一芝居打っているなどとも考えられない。だとしても、その目的が分からない。
受付嬢は専務の姿が見えなくなると、書類に目を落として業務に戻った。——その動作に不審な点はない。
「木下さん、あっちに居るのかな……」
何にせよ、この施設内に嵐山が居ることは間違いないようだ。
僕は専務が走り去った方向に視線を向けた。
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