彼女の電話の相手
──ブゥウウッ! ブーッ!
「あらっ?」
広間に戻った僕らの耳に、何かが振動するような物音が聴こえた。
不審な物音に、ひかりも首を傾げている。
僕も新手の死神でも居るのではないかと体を強張らせたものだ。
——その振動音は部屋の隅から鳴っていた。
勇敢なひかりが音の出所に近付き、身を屈める。
「これは……」
ひかりが摘み上げたのは、部屋の片隅に落ちていた携帯電話である。
それは僕のものであった。上着のポケットに入れていたが、混乱に乗じて落ちてしまったのであろう。
電話は画面が点灯し、ひたすらに振動を繰り返していた。着信がいた——。
ひかりが電話を操作する。
僕はひかりに近付き、横から画面を覗き込んだ。画面に表示されていたのは『着信・千枝』という文字。彼女——
「千枝っ!?」
僕は驚きと嬉しさで、声を上げた。そう言えば、あの骸骨の死神と遭遇して以来、満足に連絡を取っていなかった。恐らく、心配して電話を掛けてきてくれたのだろう。
ひかりは顔を動かし、僕と電話を交互に見比べた。
「これは、あなたの?」
「うん。彼女から連絡がきたんだ」
渡してもらえるように手を出したが、ひかりはそれを無視してそっぽを向いた。そして、何を思ったのか、勝手に通話ボタンを押した。
『もしもしっ!?』
スピーカー越しに、千枝の慌てたような声が響く。
ひかりは僕に電話を渡さず、自分の耳に当てた。
「もしもし……」
『え……あれっ?』
彼氏の電話に見知らぬ女が出たのだから千枝が驚くのも無理はない。
そんな千枝に対して、ひかりは悪びれる様子もなく言葉を続けた。
「あなたがどこのどなたかは存じないけれど、この携帯電話はあなたが連絡を取りたかった相手の物で、間違いないわ」
『え……? どういうことですか?』
横から聞いていた僕も、ひかりが言わんとしていることが理解できなかった。僕としては、前置きは良いから早く電話を代わってもらいたい。
すると、ひかりは突拍子もないことを言い出した。
「あなたが連絡を取りたかった相手は既に死んでいて、もうこの世にいないわ」
「あっ! ちょっと、何てことを言うんだよ!」
僕が止めに入ろうとするが、ひかりは言いたいことだけ言って一方的に終話ボタンを押して電話を切ってしまう。
慌てる僕を前に、ひかりはクスクスと笑った。
「事実じゃないの。何か問題がおあり?」
いくら事実であろうとも千枝にはまだそのことを伝えたくなかった。僕にも心の準備というものがあるのだ。
「いくら時間を置いたところで、事実であることに変わりはないわ。彼女さんにだって、現実を受け止める時間は必要でしょう? 先延ばしにしても仕方がないじゃない」
もっともらしいことを言われて、反論ができなかった。僕はグヌヌと唇を噛んだ。
ひかりは、大きく欠伸をすると立ち上がった。
「しばらく、ここに居てもらっても構わないわ。わたしはひと眠りさせてもらうから」
ひかりは手を振るうと、僕を一人広間に残して自室へと戻って行った。
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