お風呂での対話

 正直、僕としては目のやり場に困ったものだ。

 あのまま広間で一夜を明かすかと思えば、ひかりは風呂場へと移動した。

 そこから何の恥じらいもなく白い肌やたわわな胸を僕の前で露出したのだ。ひかりの体に憑依ひょうい状態である僕は、自らの意思で目を逸らすこともまぶたを閉じることも叶わなかった。

 そもそも、ひかりはてんで僕のことなど眼中にないらしく、平気であらわな姿を僕の前にさらけ出している。

「あの……一応、僕ここに居るのだけれど……」

 気を使って断りを入れてみる。

「魂だけの幽霊のあなたに、何の配慮はいりょがいるというの?」

 キョトンとした表情でひかりが言葉を返してきた。

「あ、いや……。気にならないのなら大丈夫です」

 ひかりが余りにも堂々としているので、逆にこっちがタジタジとなってしまう。


 熱い湯船にかりながらひかりは気を取り直すかのように息を吐いた。

「それで、柳城やなしろ亜久斗あくとくん。あなたの事情は分かったわ」

 僕は広間で自己紹介や霊体となった顛末てんまつをひかりに打ち明けた。ひかりは淡々たんたんと僕の話に耳を傾けてくれた。

「改めて言わせてもらうけれど……残念ながら、あなたは既に死んでいるの。わたしに憑依していることやあの魑魅魍魎ちみもうりょうたちに追われていることが、何よりの証拠よ。おわかりかしら?」

 ひかりはあごをしゃくる。浴室の扉や壁から、期をうかがうかのように馬たちが首を出していたので戦慄せんりつしてしまう。

 僕はひかりに頷き返した。

「ああ。……あの死神たちは、何で僕のことをつけ狙うのかな。君は何か知っているかい?」

 あの死神たち──初めに死神風の骸骨がいこつと出会ったことで道すがらそう呼んでしまってはいるが——仮面や馬、僕に襲い掛かって来る異形いぎょうの者たちの存在について、ひかりなら何か知っているような気がした。

「さしずめ、霊体を食らう鬼とでも言ったところかしら。……まぁ、あなたの言葉を借りるなら『死神』と称する方が分かりやすいかもね。あれらはただ、この世に蔓延はびこる霊たちを狩るためだけに生まれてきた存在なのよ」

「霊体を狩る存在か……」

「ええ」と、ひかりは頷く。

「あくまでも、あれらは幽霊を狩るのが専門。だから、こうしてわたしの体に入り込んだあなたのことを、迂闊うかつには手が出せないのよ。それに……」

 ひかりは一旦いったん言葉を切ると、窓の外に目を向けた。

「活動時間にも制約があるわ。闇夜にまぎれてでしか、あれらは行動できないの。限られた時間の中で、あれらは今後もあなたを襲ってくるでしょうね」

 東の空がっすらと明るくなっている。日の出の時刻を迎えていた。

 それと同時に、先程までこの風呂場を取り囲んでいた馬たちもどこぞやへと姿を消す。


 馬たちが居なくなると、僕はひかりの体から放り出された。

 無抵抗な僕は体勢を立て直せず、そのままひかりが浸かる湯舟の中へと沈んでいった——。

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