訪問者はどこに

 死神はしばらく僕が潜んでいる岩場を見詰めていた。——が、何も動きがないので見間違いとでも思ったようだ。

 また獲物を探しに、森へと向かって歩き出した。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、僕はその場で口元を押さえて息を殺した。


——死神の姿が完全に見えなくなると、僕はホッと胸を撫で下ろした。

 緊張の糸が切れた瞬間、僕はその場にへたり込んでしまう。

 思えばここまで歩き詰めで、疲労はピークに達していた。

 どこか休むことのできる建物や施設のある場所までは頑張りたいものである。ヒッチハイクは成功しなかったので、自力で歩くしかない。

 体に鞭を打って、僕は道路沿いを歩き始めた。


 歩きながら、僕はみんなのことを考えていた。事故に巻き込まれた面々──本田や山田たちは、あの後どうなったのだろう。突然、死神なんてものが現れたのでみんな散り散りになってしまったが、果たして無事に逃げられただろうか──。


 ふと、前方に民家があるのが目に入った。山の傾斜に造られた二階建ての家で、部屋の中には明かりが点いている。

 僕は縋る様な気持ちで民家まで走ると、門に設置されているインターホンのボタンを押した。

 胸を高鳴らせて待っていると、インターホン越しに女性から応答があった。

『はいー。どちら様ですー?』

 もう夜も遅いので、さすがに声は迷惑そうだ。

「すみません。道に迷ってしまって……。良ければ朝まで休ませてもらいたいんですけど」

『んー。あぁ……』

 女性は困ったような声を出すと、遠くに向かって『お父ちゃーん』と叫んだ。

『ちょいと待ってなー』

 女性がそう断りを入れたのと同時に、ガチャリとインターホンの通話が切れた。

 家の中でドタドタという慌ただしい足音が響く。


 しばらく待っていると、玄関のドアが開いた。青色の縦縞パジャマを着た中年男性が家の中から出て来た。

 女性が呼び掛けていた『お父ちゃん』なる人物が、恐らくこの中年男性なのだろう。

 中年男性は門の外に出て来ると辺りをキョロキョロと見回し——途端に首を傾げた。

「何だ。誰もいないじゃねぇか」

 僕は門の前に立っていたが、そんな僕に目もくれず中年男性は横を通り過ぎて行く。

 一つ舌打ちをすると、中年男性は家の中へと戻って行った。


「何だよ、あれ……」

——僕のことはガン無視か。

 唐突なことに、こちらから声を掛けることも出来なかった。

 僕はもう一度インターホンのボタンを押す。

『はーい?』

 また、女性が応答する。

「あの、おじゃましても宜しいですかね?」

 勝手に入るのも悪い気がしたので、どうにか家主に許可を取っておきたかった。

 ところが女性は僕の問いには答えてくれず、再び『お父ちゃーん』と中年男性を呼びながら一方的に通話を切った。

——それからは同じことが繰り返される。また中年男性が飛び出して来て、辺りの様子を伺った。そして、中年男性は顔を真っ赤にして激怒した。

「何だってんだ、いったい!」

「すみません。こんな夜分遅くに……」

 僕は中年男性の横で平謝りをした。夜中に突然に押し掛けたのだから文句を言われても仕方のない立場にあった。

 しかし、僕のことなど無視をして、中年男性はドカドカと足音を踏み鳴らしながらまた家の中へと入って行ってしまう。

「はぁ……」

 僕は溜め息を吐いた。


——ピーンポーン!

 しつこいようだが、残された僕は再びインターホンを押した。

「あの……結局、僕はどうしたら良いんですかねぇ?」

『はぁ?』と、スピーカー越しに中年男性の憤怒した声が聞こえてくる。どうやら選手を交代したらしい。

『あんた、人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ。イタズラなら帰ってくれ! 警察を呼ぶぞ!』

 中年男性が鼻息荒く、語気を強める。

「いえ、ごめんなさい。そんなつもりはないんですけど……」

『そこで待ってろ!』

 ガチャンと、乱暴にインターホンが切られる。

 中年男性の神経をかなり逆撫でてしまったらしい。これはとても、家の中で休ませてもらうための許可など得られそうにない。

 再々度、玄関の扉が開いて物凄い剣幕の中年男性が飛び出してきた。木製のバットを手に持って武装までしてきている。

 中年男性は、キョロキョロと周囲を見回した。

——そして、「もう、やだ!」と叫んで地団太を踏んだ。

 中年男性の前で目を瞬いた僕であったが、中年男性からその存在を認識されることはなかった——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る