彼女との通話
──ブウゥゥッ!
考え事をしていると、不意に携帯電話が振動した。携帯電話の存在を忘れていたこともあり、急な振動に驚いて思わず飛び上がってしまいそうになる。
そういえば、バスの中で携帯電話を見付けてポケットの中にしまっていた。
死神騒動もあり、すっかり意識から外れてしまっていた。
僕は携帯電話をポケットから取り出して画面を操作した。
画面の上部——通知バーの『新着メッセージあり』との表示が目に入る。
森から抜け出たことで、電波が届くようになったのだろう。タッチパネルを操作して画面を開くと、そのメッセージが表示される。
『そろそろ着いたかな? 長旅お疲れ様!』
それは、彼女からのメッセージだった。
「千枝……」
思わず、僕の口元は綻んだ。
元々は彼女——
中止にしようとツアー会社に連絡をしたがキャンセル料が掛かるとのことで——おまけに代わりも見付からなかったので、僕一人で参加してキャンセル料は一人分で済ませることにした。
結果的に、こんな大事故に巻き込まれるのであれば素直に二人分キャンセルしておけば良かったと思う。
まぁ、千枝が事故に巻き込まれなくて良かったと、ホッとする気持ちの方が強い。
『こっちは……最悪な旅路だよ』
僕は携帯電話を操作してメッセージを打ち込んだ。
メッセージを受信できたということは、こちらからも返信ができるということであろう。
幽霊が電子機器を操作できるものなのかと驚いたが、実際に使えているのだから問題はない。そもそも、幽霊になったと確定したわけではない。
闘病中の千枝に、あんまり心配をかけるようなことは言いたくはなかったが、素直に自分の気持ちを返信することにした。
すぐに、メッセージに既読マークがついて、千枝から返事があった。
『……えー? なんか嫌なことでもあったの?』
千枝からの返信に、僕の胸は高鳴ったものである。
──僕のメッセージが千枝に届く! 千枝とやり取りができている!
『バスが事故にあってね。大変な状況だったけど、まぁ何とか大丈夫だったみたい』
一応、彼女に心配を掛けまいと強がってみせた。
メッセージを送るとすぐに既読になったが、返事は返って来なかった。もしかしたら、返答に困っているのかもしれない。
待っている間に、インターネットを開いた。
検索エンジンのトップニュースには、各国首脳が集まって議会が開かれたとか芸能人の誰と誰が付き合っているだとか、そんな長閑な見出しが並んでいるだけだ
まだ、世の中は山中で二十六人もの人間を巻き込んだ大事故が起きていることに気が付いていないようだ。
画面上部に、千枝からメッセージが届いたとの通知が表示される。
『……え、無事なの?』
千枝は、突拍子もない僕からのメッセージのことに戸惑っているようだった。
『ああ、平気さ』
これ以上千枝に心配をかけまいと、僕は
すると、すぐに『既読』マークが付いた。
——携帯電話がバイブレーションし、着信音が鳴り出す。
千枝から電話が来た。直接話をして、こちらの状況を確認したいのだろう。
僕は
それでも
『もしもし!』
聞き慣れた声がした。——千枝の声である。
彼女の声は、どことなく震えていた。
「……もしもし、聞こえる?」
僕の声がきちんと彼女の耳に届いているかは不明であった。言葉を返すと、千枝はしばらく黙っていた。
程なくして、千枝の安堵したような溜め息が聞こえた。
『良かったぁ。ちゃんと喋れるのね』
「ああ。そうみたいだね」
僕は苦笑した。散々考えあぐねたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。
『それで、そっちで何が起きているの?』
僕は少々迷ったが、素直に身に起きたことを千枝に話すことにした。
運転手の山田がハンドル操作を誤ったこと──目が覚めたら大破したバスの中に居たが無事であったこと——などを説明する。
僕が話をしている間、千枝は僕の言葉を遮らず最後まで黙って話を聞いてくれた。
しかし、さすがに大量の遺体を発見したことや、体が車を擦り抜けたこと——死神に襲われたこと——などは奇想天外過ぎて、話す気にはなれなかった。
『
「いや、流石にそれは大丈夫だよ」
千枝も具合いが悪いのだから、さすがに無理はさせたくなかったのでその申し出を断る。
『なら、お父さんに相談してみるわ』
「うん。そうしてもらえるとありがたいよ」
千枝の言葉に、僕は瞳を輝かせたものだ。千枝のお父さんは警察官で、こういう時にはとても頼りになる存在なのである。
『場所はどこなの?』
「うーん……いや、ちょっと分からないな。どこかの山の中ってことくらいしか……」
『なら、位置情報を送ってよ。それで伝えてみるからさぁー』
「ああ。分かった……」
頷いた僕は、ふと言葉を止めて息を殺した。
——木陰の向こうに、例の死神の姿が見えた。
大きな刃渡りの鎌を肩に背負いながら、キョロキョロと首を動かして何かを探しているようだ。
『なに? どうしたの?』
千枝は僕からの返事が途絶えたので、不安になったようだ。何度か呼び掛けてきた。
——その声が、まるで死神の耳にも届いたかのように、キッと死神がこちらに視線を向けてきた。
僕は反射的に岩場の陰に身を滑り込ませ、体を強張らせたものである。
死神は探る様な目で、じーっとこちらを見詰めてきた。
「……ごめん。もう切るね!」
口早に僕は言った。
「でも、すぐに帰るから安心して待っていてよ」
『分かったわ。待ってるから、気を付けてね』
千枝の言葉を最後まで聞くことはできずに、僕は急いで電話を切った。本当はもっと話をしていたかったが、それどころではない。
──どうか、見つからないでくれ!
僕は心の中で必死に祈った。
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