車は無情にも僕を通り過ぎて行く
森を抜けて、車道に出る。
車のヘッドライトの明かりが遠くに見えた。
僕は手を振って助けを求めた。
「助けてくれ!」
車が速度を緩める様子はない。
「おーい!」
——こちらに気が付いていないようだ。
僕は道路の真ん中に出た。
これなら否が応でも、気付いて停まってくれるだろう。
遠くからでも運転手が発見しやすいように、両手を振って飛び跳ねるなど動作を大きくしてみた。
「止まってくれー!」
車は──ところが減速せず、真っ直ぐにこちらへと迫って来た。
「うわぁぁぁあああ!」
まさか、止まってくれないとは思わなかった。よそ見運転でもしているのだろうか。
予想外の事態に避けることすらできず、僕はただその場に立ち尽くした。横にでも飛んでいれば、もしかしたらこの衝突事故は防げたかもしれない。
だが、咄嗟にそんな反射神経を発揮できるわけもない。
車は無情にもノンストップで、僕に突っ込んできた。
──が、車は僕の体を擦り抜け、何事もなかったかのようにそのまま走り去った。
「え……あ?」
きつく閉じた瞼を開き、走り去る車の背を見送る。
ブレーキを踏んだ形跡も、避けて通った様子もまるでない。
その後も、何台もの車が僕に気付かず走り去って行った。それも、僕の体を擦り抜けて、接触することもなく過ぎ去っていったのだ。
「えっと……。これは、どうなっているんだろう……?」
——首を傾げた、その時だった。
不意に、僕の体は車のシートに押し付けられた。
そして、気が付くと僕は車の中に居て、シートに座っていた。
「なに、え……?」
分けがわからない。これまで同様に、通過していく車を見送っていたら、途端に車の中に居た。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
声を掛けられて振り向くと、隣の席に座っている少女と目が合う。小学生くらいの女の子だろうか。目線の高さが、その子と全く一緒だった。
「お兄ちゃん?」
——お兄ちゃんとは、誰のことだ?
窓に写った自分の姿が目に入る——。
——小学生くらいの男の子だ。僕は、いつの間にか、見ず知らずの男の子の姿になっていた。
「なんだよこれ!?」
驚愕しつつ、自分の顔を触って造形を確かめてみる。
窓に写った通り、僕の顔は見知らぬ男の子のものになっていた。
かと思えば——僕は再び道路に投げ出された。車を擦り抜けて地面に落ち、勢いのまま道路の上を転がった。
「いててて……」
地面に這いつくばった僕は、苦痛に顔を歪ませる。でも、不思議と体のどこかが痛んでいるわけでもない。
起き上がって、あちこち見回してみてさらに驚かされてしまう。
──何処にも怪我がない。
それに改めて自身の体を調べてみたが、どうやら男の体から元の僕の肉体に戻っているようである。
「はぁ?」
車から——それもスピードを出している車体から単身生身で投げ出されたのだから、擦り傷の一つでも負っていそうなものである。
しかし、実際にかすり傷一つできてはいないない。
「生きている人間なら、そんなことありえないだろうに……」
僕の頭に、あることが浮かんだ。
それは、とても信じ難いものであった。
だが、可能性の一つとして──脳裏に浮かんだそうした考えを受け入れることも必要なのかもしれない。
僕はゴクリと唾を飲んだ。
──既に僕は死んでいて、今ここに居る僕は幽霊なのではないか。
そんな考えが頭を過ぎったのだ。
だから、死神なんて空想上の存在と出会ったのだろうし、車も擦り抜けることができたのだろう。走っている車から投げ出されて無傷というのも、『幽霊であるから』と考えたら説明がつく。
想像でしかないのだが、もしかしたらあのバスツアーに参加していた二十六名は全員、事故によって既に死亡しているのではないか。
だから、乗客にそっくりな遺体がバスから続々と出てきたのだ。
さらに事故現場の捜索を続けていたのなら、そこから僕の遺体も発見されていたかもしれない──。
そんな幽霊説が頭を過ぎったが——まぁ、それは単なる僕の妄想に過ぎない。いや、むしろ杞憂であって欲しいくらいである。
——まぁ、ここでいくら考えていたところで、答えを導き出せるわけでもない。
「どうしようかな……」
これから、僕は何をすれば良いのか。
例の死神から逃げるのが正解なのか、或いは捕まって殺されてやるのが正解なのか——僕には分からなかった。
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