顔を出す死神

──ガサガサガサッ!

 草むらの向こう側で何かが蠢いた。野生の動物であろうか。もしや、人の血肉を求めた野犬や、或いは熊ではないかと、警戒したみんなの視線がそちらへと向けられる。

——ガサッ!

 ところが、枝葉の間からヌッと顔を出したのは、僕らが予想していたものよりも、ずっと華奢なフォルムの存在であった。

——死神。

 漫画やアニメ、神話なんかでよく見掛けるような全身を黒いマントで覆った骸骨——。

 それが、自身の背丈程もあろうかという鋭利な刃のついた大鎌を肩に担いで、突如として僕らの目の前に姿を現した。

「はぁ?」

「えっ?」

 予想だにしないモノが現れたので、僕らは呆気に取られてしまう。その存在を認識するまでに時間を要した。


 その間にも、死神はゆっくりと歩いて、僕らとの距離を詰めてきた。

 何故に死神が現れたのか——僕らには分かるはずもない。

 しかし、相手はこちらに対して明らかな意図をもって接近してきていた。

 近場に居た眼鏡の男性の前に、死神が立ち塞がる。

「あ、あの……何か……?」

 死神に言葉が通じるかは疑問であったが、眼鏡の男は逃げる様子もなく恐々コミュニケーションをはかろうとしている。死神などとは現実味がなく、お陰で危機感も抱かなかったのだろう。

 死神はゆっくりとした動作で、大鎌を振り上げた。そして——問答無用に、眼鏡の男に向かって、その大鎌を振り下ろしたのだ。

——眼鏡の男の体は、左右二つに切り裂かれた。

 力なく、眼鏡の男はその場に崩れ落ちる。死神の妖術であろうか——肉片や血飛沫が周囲に飛び散ることはなかった。さらに、亡骸もまるで煙の如くその場から消え去った。

──そして、そこから惨劇が幕を開ける。

 圧倒的な敵意を、死神は僕らに向けてきたのだ。


「きゃぁああ!」

 悲鳴が上がった。

「う、うわぁああぁあぁ!」

 人間一人が目の前で消し去られた恐怖——。とても穏やかな心で居られる状況ではない。一同はパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように一斉に駆け出した。


 僕も夢中で走った。

 あの恐ろしい死神から少しでも距離を取らなければならない。

「ぎゃぁああぁあああ!」

「うわぁぁぁあああ!」

 背後から人の悲鳴が上がる。

 また誰かが、死神の犠牲になったのだろう。

 僕は走りながら耳を塞いだ。今更、後戻りをすることなどできない。


 走って、走って、走って——。

──僕は木々の間をひたすらに駆け抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る