嵐の前に静かなる一時を
戻った僕らの姿を見て、待機していた人たちは驚いた顔になる。
「おい、坊主。大丈夫か……?」
血塗れの僕の姿を見て、おじいさんはギョッとしていた。
まるで、人でも殺したかのような夥しい量の血液が僕の体には付着していたので、驚くのも無理はない。
「あらまぁ……」と、おじいさんの横で声を上げたのはおばあさん——梅宮である。
僕は梅宮の顔を凝視した。
遺体は紛れもなく梅宮そのものであったが、目の前に居る梅宮も死んでいる人間には見えなかった。
「どうですか、山田さん? 本部と連絡はつきましたか?」
本田は機器を弄っている運転手の山田に駆け寄ると尋ねた。
山田は残念そうな表情をして、首を横に振るって見せた。
「いえ、駄目でした」
本田も失望して溜め息を漏らす。
僕も携帯電話で外部に助けを求めようとしたが、山奥であるため電波を拾うことができなかった。お陰で無事を知らせたい相手が居るのに、連絡を取ることすらできなかった。
ふと、山田は捜索から帰ってきた人たちが浮かない顔をしていることに気が付いたようで、本田に事情を尋ねた。
「そちらは……あの、何かあったんでしょうか? なんか皆さん、ソワソワとしておりますが……」
本田は、余り外部の人間には先程の調査結果を知られたくない様子だ。みんなから距離を取ったところに山田を連れて行き、こっそりと耳打ちをする。
「……なっ! あんですって!?」
山田は本田の言葉に驚きの声を上げ、そして意気消沈して肩を落とした。
——それはそうだろう。全てはこの運転手──山田の操縦ミスによって引き起こされた大事故である。死者が出たとあっては、かなりの制裁が山田にも科せられることであろう。
そんな本田と山田とのやり取りを遠目に見ていた老人も、ただならぬ気配を察したようだ。
「何があった?」と、僕らに聞いてきた。
別に被害者側である僕らが本田や山田に配慮をして、嘘をついたり事情を隠したりする必要はない。
だから素直に、バスの残骸から遺体を発見したことや、それらが梅宮や木下などここに居る人たちに似ていたことなどを伝えた。
流石にそんな奇想天外な真実を、易易と受け入れてくれる人などいなかった。
オカルトじみた話ではあるし実際にここまで遺体を運んできた訳でもないので、話だけで信じるというのも難しいようだ。不謹慎な冗談話として、僕らの報告はさらりと聞き流されてしまう。
——それよりも、応援が呼べないこの状況で今後どうしていくか——の話し合いになった。
「取り敢えず薪は集めておいた。一晩くらいは夜を明かせるだろう。それから、食べ物も小分けに出来るものは分けておる。みんなが集まってから均等に分けられるように待っておった」
捜索の間、老人たちもただじっと待っていたわけではないようだ。自分たちの成果を誇らしげに語ってきた。
日が暮れてきたので、僕らは火を起こして焚き火を囲った。
救援を求めることのできない絶望的な状況であるが、二十六人という大所帯なのだ。同じ境遇の人がたくさん近くに居ることが、心にゆとりを持たせてくれた。
メラメラと揺れる火を、僕は無心で見詰めた。
——誰も言葉を発しない。静かな夜だった。
しかし、これはまだ始まりにも至ってはいない。此処から異変が──僕らの壮絶な戦いが、始まることとなる。
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