テレビの中からこんばんは

「お邪魔させてもらいますね」

 気狂いでもしたかのように怒り心頭で地団太を踏んでいる中年男性に軽く声を掛け、僕は民家にお邪魔することにした。別に、ただ休む場所が欲しかっただけなので、これ以上中年男性の気分を害してやる必要もない。


 リビングでソファーに寝転がりながらテレビを観ていたおばさんも、家の中に入ってきた僕の存在には気付いていないようであった。後から中年男性が「どこのどいつだ!」と愚痴りながら入ってくると、おばさんの顔がこちらに向けられる。

「どうだったの?」

「それが、誰もいないんだよ」

「あらまぁ。いたずらかしら……。ひどいものね」

 僕は二人の会話に、居た堪れない気持ちになってしまう。張本人がこの場に居るというのに、気が付いてもらえない。

——まぁ、気が付かれたら気が付かれたで、ややこしい話になるのだが。


 テレビでは、報道番組が流れていた。あのバス事故のことがそろそろ取り上げられていないかと、何気なくそちらに顔を向けた。

——違和感があった。

 何かがテレビ画面に写っている。

──仮面だ。

 それは、満面の笑みを浮かべた人の顔のようなものであった。そんな仮面が、画面の中央の大半を占めて写っている。

 背後の映像はスタジオのアナウンサーがスタジオで原稿を読んだり、舞台で芸能人にインタビューをしているところが流れたりと場面がコロコロと移り変わっていたが、仮面は変わらずに笑顔を浮かべていた。

 その仮面は映像ではなかった——。実際にそこに存在していて、テレビから徐々に浮き出てきていた。

「えっ!? なんだよそれ!」

 僕は体を強張らせたものだ。

 仮面と同時に、テレビの中からウネウネと数本の半透明の触手まで出てきている。

 そんな不可解な状況が眼前で繰り広げられていても、おばさんは動じず寝転んだままテレビを観ていた。中年男性もソファーの空いているところに座ると、リモコンを取ってチャンネルを回し、意に介していないようだ。

 笑顔の仮面も半透明の触手も、この二人には見えていないのだろう。


 不意に、僕の脳裏に死神と遭遇した時の映像が過ぎる——。

 死神が大鎌を振るい、眼鏡の男の体を左右に真っ二つに切り裂いた場面である。

 僕は思わず身震いしてしまった。この仮面もあの時の死神と同じ類いの存在であれば、こちらに何らかの危害を加えてくることであろう。段々とこちらに向かって伸びてくる触手に捕まれば、何をされるか分かったものではない。


 僕はゆっくりと後退り、玄関に向かって動き出した。

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