第一夜・魂を狩る死神
巻き込まれた乗客たち
目を覚ますと瓦礫の中に居た。
頭がガンガンして、直近の出来事が思い出せない。
しかし、すぐに自分の乗っていたバスに不測の事態が起こったことを察する。
突然浮遊感に見舞われたかと思えば、次の瞬間には全身に激しい衝撃を受けた。それから視界が真っ暗になって意識が飛んでしまった──。
気が付いたらこの薄暗い中に居たのだ。
——そう全身に衝撃を受けたはずだ。
僕は自身の手を顔に近付けた。何事もない、傷一つ見当たらない綺麗な手のままである。
一応、グーパーを繰り返して手指を動かしてみたが、すんなりと動かすことが出来た。
どうやら機能的にも問題はないらしい。
段々と暗闇に目が慣れてきて、周囲の状況を把握出来るようになってきた。
此処はバスの中で、僕は座席から落ちて通路の上に寝転がっていた。床を這いながら前進していると、外から声を掛けられた。
「誰か居るのかい!」
「ええ、ここに居ます」
僕は答えた。
「よし、ガラスが割れているから、気を付けて出てきたまえ」
バスの車体がひしゃげて、どうやら扉は開かないようだ。ガラスが割れた窓から、ガラス片に注意しながら僕はおじさんに手を貸してもらって車外へと出た。
「君。自分の名前は分かるかね?」
「柳城亜久斗です」
年配のおじさんに尋ねられ、素直に僕は自分の名前を口にした。
別におじさんは僕の名前を知りたくて尋ねた訳ではないらしい。意識がハッキリしているかどうかを確認したかっただけのようで、僕の自己紹介を軽く受け流す。
「どうやら大丈夫のようだね。みんな集まっているから、君も来なさい」
おじさんは手招きしながら歩き出した。
しばらく山道を進んだところに岩場があって、人垣ができていた。みんな焦燥していて、地面にどかりと腰をおろしている。
幸いなことに、みんな着衣こそ乱れていたが大きな怪我を負っているような人はいなかった。
一、二、三……二十五、二十六──。
──二十六名。
バスに添乗していた人々が全員、そこに無傷で集結していた。行方不明者や重傷者はおらず、崖から転落したという大事故の割には奇跡とも呼べる事態であったろう。
「誠に申し訳ありません!」
大きな声がしたので、自然と僕の視線はそちらに向いた。
ツアーの主催者である眼鏡の男が頭を下げている姿が目に入った。
そんな彼を、鬼のような形相をした乗客たちが、怒り心頭といった具合に取り囲んでいた。
──確か、その眼鏡の男の名前は本田と言ったか。
添乗員の名前など一々憶えていないが、友人の名前と一緒だったので印象に残っていたのだ。
本田が焦るのも無理はない。取り返しのつかないような大事故を引き起こして、賠償金もかなり膨大なものになるだろう。
世間の風当たりも強くなるだろうから、会社が潰れても可笑しくない。
事故を起こした運転手の山田も、同様に本田の隣りで申し訳なさそうに頭を下げていた。
しかし、いくら謝られたところで、乗客たちが引き下がる訳もなかった。
「御免で済む訳ねぇだろ!」
「もう少しで死ぬところだったのよ!」
乗客たちは本田と山田を囲み、罵詈雑言を浴びせた。いつ掴み掛かっても可笑しくはない。
そんな一色触発の雰囲気であった。
「文句は後で良いだろう。群がるな、不愉快だ」
誰かがこんな状況に異議を唱えた。
杖を突いた老齢のおじいさんが、ゆっくりと群衆へと近付いていく。
「それよりも、これから先、どうするかを考えなくちゃならんだろ。此処でソイツらを飯にして、暖でも取るつもりか? 寝床を探すやら救援を呼ぶやらが、まずは先じゃろうが」
おじいさんの言葉にも一理あり、群衆はしぃんと静まった。
そんな中、おじいさんの隣に居た連れのおばあさんがご機嫌に笑い声を上げる。
「嫌ですわよ、おじいさんったら。中年のお肉なんて美味しくないじゃないですか」
けらけらと笑うおばあさんの言葉に、本田と山田は面食らって互いに顔を見合わせた。
「……ま、まあ。きちんと、皆様をお家まで送り届けるのが我々の使命ですので……。こちらで救援の手配は致します。それまでは、どうぞご安心してお待ち下さい」
「そう言われてもねぇ……」
金髪の男が肩を竦める。
確かにこの二人ではどことなく頼りないし、信頼にも欠ける気がした。無線機や携帯電話が通じず「あれ?」と首を傾げる二人の姿を見て、僕も段々と不安になった。
これでは日が暮れてしまう。
それに、ただ待っているというのも退屈だったので事故現場の様子でも見に行こうと、僕は周りを調べることにした。
「……おい、若僧」
人の群れから逸れようとした僕に気が付いた老人に呼び止められる。素直に足を止めて振り返った。
「何処へ行くつもりだ?」
「あ、いや……」
老人の眼光が思いの外、鋭かったので思わず口籠ってしまう。
「待っている間に、荷物に使えそうなものがないか調べてみようと思って」
「ああ、いいね。それ!」
「そうだわ。私のポーチ!」
僕の言葉が耳に入ったようで、賛同する声が次々に上がる。老人は何故か気乗りしない様子で舌打ちをしていた。
「まぁ、待て」
名乗りを上げた人たちを、老人は手で制した。
そして立ち上がると、足を引き摺りながら本田と山田のところへ行って何やら話しを始めた。
やがて、老人は眼鏡の本田を連れて戻って来た。
「こそ泥に荷物を漁られても困るからな」
「はぁ?」
金髪の男が、眉間に皺を寄せた。
老人はそれを無視して言葉を続ける。
「ワシのように足腰が悪くて、動けん奴だっておるんだ。元気な奴らで行って、ついでに荷物を取って来てくれるとありがたい」
「では、参りましょうか」と、本田が仕切り出したので金髪の男は不満気な表情になる。
「こいつはなんだよ? さっさと救援を呼ぶ方に集中してもいてーんだが」
「泥棒避けの監視者だ」
老人の言葉に金髪は声を荒げながら唾を飛ばした。
「俺らが信用できねぇってのか!?」
激昂する金髪に対して、老人は肩を竦める。
「なぁに、一応だよ。もしも、これで貴重品の一つや二つ、紛失してみろ。こいつらに『我々は関与していない』『乗客たちが勝手にやったこと』だと白を切られたらどうするんだ?」
「そ、そりゃあ……」
これには金髪も口籠ってしまう。
「それに複数人で動くんなら、誰かしら、まとめる奴が必要だろう」
「頼りになんねぇだろうがな」
金髪の言葉に、僕も同意見であった。
しかし、反論していても仕方がないので黙ってやり取りを聞いていた。
そんな調子で、本田も加わり僕たちは車内から荷物を取り出す班となった。
因みにメンバーは、僕、本田、金髪の男、ニット帽を被った優男、スキンヘッドのサングラス、ボディコン姉さんという異色の六人グループ──。
ボディコンお姉さんに至ってはミニスカートにハイヒールを履いて、とても山道を満足に歩けるような格好には見えなかったが、やる気だけは人一倍あるようだった。
「じっとしていても退屈なだけよ。さっさと行きましょう!」
ボディコンお姉さんが勇ましく先陣を切って歩き、そんなユニークな面々で僕らはバスへと向かうことになる。
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